法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

とにかく異世界へ日本が安易に優越するだけのTVアニメ『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』が見ていてつらかった……

 略称は『ろうきん8』といい、2023年1月から3月まで放映された。原作小説やコミカライズは未読だが、それらを試し読みする気すらなくなるほど。

 両親と兄を失って大学受験にも失敗したあげく、崖から落下したところを超常的な存在の一部をつかみとった少女が、とある異世界と地球を自由に行き来することができるようになり、安定した生活のため地球の物品や技術を異世界で売りさばき、富をためようとする……
 ……そのような新しさも珍しさもないパターンを、何の工夫もなく展開するだけのストーリーだった。


 とにかく少女の能力に制限がなさすぎて、障害を攻略するゲームとしての面白味がない。
 移動させられる物品の質や量に制限らしい制限がなく、複数の自動車や人間も異世界にもちこめる。行くために場所をイメージする必要はあるがインターネット知識で充分なので、地球の戦力がほしければ傭兵のいる国へ瞬間移動もできる。交渉にしても、超常の存在にたのんで異世界の言語は自由につかえるし、演技力は最初からもちあわせている設定。
 相互に技術や文化をもちこみ社会を変化させていくのではなく、日本から料理や服飾をもちこむだけなので、ただ日本文化の優越感をくすぐるだけ。社会が双方向で変化する面白味がない。異世界の変化も弱く、主人公がさまざまな料理技術を異世界の料理人へ教えても、独自に発展させたりはしない。主人公が助けた別の料理店に来ても、知らない技術を教えてもらっていることに抗議するだけ。
 少なくともTVアニメ化された範囲では、主人公のもちこんだ技術が異世界と融合して主人公を逆に圧倒したりはしない。最後まで主人公側が優越する気持ちよさしか描かれなかった。
 たとえば『ドラえもん』の一編「石器時代の王さまに」は、文明から切りはなして物品や技術だけもちこんでも機能しないことがあるし、あまりに認識が異なれば優劣も認識してもらえないという逆転を描いた。
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 一方『ろうきん8』の料理を食べた異世界人は、食べなれないから舌にあわないと拒絶したりせず、単純に喜ぶだけ。主人公が異世界に料理を教える時も、現代日本の料理技術が現代の調理器具や食材で成立していることに向きあわず、リアリティを感じなかった。
 そんな主人公の料理は現代日本で珍しくないものばかりなのに、異世界の弟子がまったく違う料理を食べて主人公の料理と確信する描写もよくわからない。たとえば異世界には無さそうな醤油やグルタミン酸ナトリウムが入っていることを根拠にしたなら理解できるが、そういう最低限の説明すらない。


 料理だけではない。主人公のもちこむ服飾類が異世界でどのように評価されるのか、宗教的な禁忌にふれることはないのか、そうした文化の違いによる評価基準の違いに向きあわない。
 TVアニメ化された範囲で良かったのは、養殖の真珠が天然と思われて、あまりに価値が高く評価されて売買が難しくなった場面くらい。それもふくめて地球のものは何もかも高評価され、買った物品を雑貨店で売るだけで利益を出せる。大量にもちこんだ物品が異世界の文化を破壊することやその反動も主人公に危機をおよぼすほどではない。いくらか主人公が注意しているとはいえ、物品をもちこみすぎたり技術が模倣されたりして暴落をまねくこともなく、価値のギャップの意外性で楽しませてくれたりもしない。
 たとえば『チンプイ』の一編「エリ&チンプイ・カンパニー」も、たがいの星において価値が低い物を売買する物語だが、その物を身近な存在に設定することでギャップをわかりやすく表現。さらに輸送における費用や、価値の変動による失敗まで、短い頁数でまとめあげていた。

 一方『ろうきん8』は現地に良さを教えれば需要が生まれて順調に商売できる。対立する相手はわかりやすく悪役としてふるまい、圧倒的な力で倒せば問題は解決する。好感をもてる相手の利益を意図せず失わせてしまったり、敵が主人公に便乗して主人公より利益をあげたりもしない。
 とにかく大半の出来事が主人公のコントロールできる範囲で終始し、主人公の知らないところの動きが主人公の足をすくったりはしない。TVアニメの範囲では小さな雑貨店の店主として主人公が活動するだけなので、スケールが広がりつづけるホラ話としての面白味もない。


 こういう異世界への転生や転移をあつかった物語は、せめて前世紀の『ドラえもん』や『チンプイ』よりは新しさがほしい。いや、「せめて」というにはハードルが高すぎるかもしれないが。
「新しさ」という表現が良くないなら、パターンにとどまらない何らかのアレンジ、作品をつらぬくコンセプトを見たい。たとえば同じ異世界物で良い評判を聞かなかったTVアニメ『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』は、主人公が転生して圧倒的なチート能力をもつだけの序盤こそ単調でつまらなかったが、物語が進むにつれて他の転生者の挫折を知る物語が挿入されて、なるほど多様な転生者の物語を主人公が見聞きするためチートにしても圧倒的すぎる能力をもたせたのかと納得できたものだ。
 あと、せめて映像が良かったら、それだけでも視聴する意味を見いだせた。『ろうきん8』は2023年のTVアニメとしてはかなりつらい……まだ放送当時に不評をあつめた2017年の『異世界はスマートフォンとともに』のほうが悪くないアクションが時々あった。