法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

いろいろ話題の『異世界転生者殺し チートスレイヤー』だが、その枠組みもまた異世界転生パターンなことが興味深い

月刊ドラゴンエイジ新連載の『異世界転生者殺し チートスレイヤー』*1が一部で注目を集めている。
natalie.mu
架空ギャンブル漫画『賭ケグルイ』の河本ほむらが原作、アイドルデスゲーム漫画『堕イドル』の山口アキが作画を担当。
異世界からの転生者がチート能力で横暴をはたらき、被害を受けた現地人が魔女の助けで復讐をはじめる……というのが第1話だが、登場する転生者たち「ベストナイン」がすべて有名作品のパロディとなっている。
me-rry.hatenablog.com

 ……もうSAOは異世界ものじゃないだろってツッコむ気力すらなくなったよね。

 思ったよりそのまんまなメンバーが本作の悪役、正気とは思えない。

me-rry氏が指摘しているように、元ネタは必ずしも転生者でなければ能力や知識のチートももたない。リーダーの元ネタはチートと指弾されても異世界ファンタジーですらない。その不統一感が有名作を安易にパロディしただけではという批判も集めているようだ。
とはいえ登場する転生者は外見と中身が一致しているわけではない。『異世界レストラン』の四条雪子の元ネタと思われる『異世界食堂』のアレッタは現地人ウェイトレスであってチートとも無関係だが、タイトルに『異世界レストラン』が入る漫画や小説を見ると、日本人の女性が知識を活用して異世界で美食を提供する。

ちなみに『メニューをどうぞ~異世界レストランに転職しました~』は『チートスレイヤー』と同じKADOKAWAから出版されている。
それで外見だけモデルにされた作品の作者や読者が笑って許せるかというと、もちろんまた別の問題になるが。


他にme-rry氏は、主人公が悪役化されるパロディへの純粋な嫌悪感を指摘する。もちろん間違った感情などではない。

 最低な例えをするけど、ギャンブル漫画の悪役で蛇喰夢子を元ネタとした蛇腹弓子みたいなキャラが出てきて「賭け狂いましょう」って言いながら弱者から金を巻き上げてたら嫌じゃん。そこから更に伊藤開司とか斑目貘が元ネタのキャラが現れて同じようなことをしだしたらもっと嫌じゃん。

 しかもそれを元ネタの作品とは全く関係のない人物が書いているのだからめちゃくちゃ嫌な気分になる。

しかし蛇喰はとても善良とはいえないギャンブル優先狂なので、嫌かといわれたら作者も読者もそう感じない気はする。けっこう負けているので、たとえ雑魚キャラクターに設定しても違和感は少ない。カイジもストレス発散で器物損壊したりするし、落とし穴にはまることも多い。この流れで違和感が出るとしたら『嘘喰い』主人公の、露悪的であってもヒロイックな斑目貘くらいか。
また、虚構の人物どころか実在した人間や信仰の対象にキャラクターを当てはめて戦わせる作品は、ひとつのジャンルとして成立しており、いくつもの大ヒット作品がある。

河村ほむら原作による連載中の漫画『魔女大戦 32人の異才の魔女は殺し合う』も、さまざまな死をむかえた偉人の女性を魔女が戦わせるコンセプトだ。

純粋なヒーローだからこそ悪役にしてギャップをつくるパロディも定番だ。漫画『フランケン・ふらん』では、手術で『仮面ライダー』のようになったアスリートが他罰感情を暴走させていく。

ドラえもん百科』には下記のようにパロディを重ねた怪獣が出てくる。たぶん現在はパブリックドメインだが、描かれた当時は……いやこれは絶版なので見なかったことにしよう。

ともかく、人気キャラクターを悪役のようにパロディすること自体は、さまざまな作品で見られる。反感をおぼえるファンも多いだろうが、余裕で許してしまうファンも多いだろう。評価の安定した人気作品とはそういうものだ。
『チートスレイヤー』が嫌悪感をもたれるのは、人気ヒーローを非道な悪人のようにパロディしたからではあるまい。そもそも「ベストナイン」の元ネタでも『オーバーロード』は、はっきり主人公が悪の首領としてふるまい、転生前の友人を重視するあまり異世界の命を奪うことをためらわない。
むしろ元ネタが商業的にヒットはしていても、古典になるほど評価が固まっていないことが問題ではないだろうか。異世界転生やチートへの無知からくる偏見へ安易に乗っただけにも見えてしまい、強者をイジる心意気より弱者をイジメる無邪気さを感じかねない。それでいて多くのファンを集めるヒット作ではあるため、被害者意識から反発をおぼえる層に厚みがある。


一方、異世界転生であったりチートをつかうような、特権的なキャラクターへ反発をおぼえる層も厚みがある。
そうした先行作への不満をきっかけにした創作もよくある。TVアニメ化もされた『まじかる☆タルるートくん』は、『ドラえもん』への批判で描いたことを作者が公言している。

手軽に投稿できるWEB小説において、先行作品を肯定であれ否定であれ参照した作品は多いし、その変化をつみかさねることでジャンルは進化していく。
もちろん異世界転生者の特権性への反発をテーマにした作品もすでにある。よく似たタイトルのWEB小説も複数あり、商業書籍化作品でも見つかる。
チートスレイヤー【連載版】
チートスレイヤーズ!!
異世界転生者殲滅す<チートスレイヤー>(六条) - カクヨム
異世界転生スレイヤー(春槻航真) - カクヨム

KADOKAWAでもすでにスニーカー大賞で編集部賞をとって書籍化した小説がある。これをテーマにするだけではアンチテーゼとしてもう遅い。

ベストナイン」の元ネタでも、『転生したらスライムだった件』はTVアニメ2期でチート能力で挑発する転生者が登場し、主人公の過剰な反撃をひきおこした。
TVアニメ第2期「転生したらスライムだった件」第29話の先行カットが到着。盟主不在のテンペストに三人の異世界人が! | WebNewtype

ファルムス王国が送り込んだ三人の異世界人が、盟主不在のテンペストに牙をむく。

他にも、『盾の勇者の成り上がり』や『蜘蛛ですが、なにか?』など、転生者の多数派と主人公が対立する物語はすでにいくつもTVアニメ化されている。
現地人を視点主人公にしたアニメ作品こそないものの、やはり類例は見つかるし、『チートスレイヤー』のコンセプトそのものが斬新とまではいえない。


たぶん『チートスレイヤー』が反感を買う要素のひとつひとつは致命的ではない。
しかし独自の魅力を出せているかというと、1話目はまだ不快感と復讐心を煽るだけで、ルールの穴や意表をつく展開にはたどりついていない*2
たとえ第2話にそうした反感を超える展開が用意されていても、月刊誌であるため反感がひたすら拡大しつづけたまま評価が固まりかねない。
たぶんパロディというものは元ネタの受容を見きわめ、特にアンチテーゼならばそれを提示するタイミングが重要なのだろう。

*1:以下、「チートスレイヤー」。

*2:同じ原作者の先述した漫画『魔女大戦』は、第1話の段階で戦いに参加しないことを傲慢に宣言するキャラクターや、その言動で特殊能力を描写して、同種ジャンルのなかでの独自性をそれなりに出せている。