法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒 season21』第15話 薔薇と髭と菫たち

特命係を新宿公園に呼び出した謎のメールはヒロコママのドッキリだった。しかしその公園で本物の死体を発見してしまう。その男性の死体はサイン入りの古い少女小説をにぎりしめていた。
どうやら男性は著名なルポライターで、公園のフードバンク事業の取材をしていたらしい。その事業には男性の妻である少女小説家もボランティアで参加していたらしく……


岩下悠子脚本。社会のなかで孤立した男性の顛末を描いたシリーズを代表する傑作回「ボーダーライン」から、さらに更新された社会の貧困を描きつつ、関連しつつも別の普遍的な社会問題にも向きあっていく。
まず、NPOの慈善活動を悪用する社会問題を描いているが、寄付された食品で無料の炊き出しをおこなうフードバンクという原理的に利益を出せない活動に設定して、その場所に貧困者があつまることに便乗して犯罪に勧誘する半グレという問題につないだことが良かった。どのような慈善活動でどのような不正がありうるのかという解像度が高いし、慈善活動そのものを偽善あつかいするような安易さがない。
誰が死体から持ち物を盗んだのかという真相で、更生をはばむ原因を個人の良心の限界とせず、過去の人間関係に設定したところも良かった。人間の可能性と限界を同時に描きつつ、とりまく社会に包摂の必要性があると物語で示せた。ただ、肌をさらさない服装から刺青を隠したい元半グレという推理はいいとして、杉下が引っかかりをおぼえるには伏線が足りない。半グレ集団は刺青を入れているという設定を、杉下が気づくより先に提示してほしかった。


ともかく男性は心臓発作で亡くなったとわかり、物語は少女小説をかつて愛読してサインまでもらったシングルマザーの社会への絶望を描いていく。そこで少女小説家とルポライターの夫婦がともに老境にさしかかっていることに意味が生まれてくる。
シングルファーザーよりシングルマザーのほうが貧困におちいりやすいことや、セクシャルマイノリティはショービジネス以外では働きづらいこと*1。そのような性別で抑圧する社会の象徴として、作家夫婦の過去をもってきた。
近年に死去した津原泰水*2が念頭にあったので、少女小説も夫が書いていた可能性は最初から考えていたが、妻がルポライターだった可能性は中盤まで気づけなかった。ロバート・キャパ*3を思い出すことで解決編より前に気づくことはできたが、それでも先入観にとらわれていたことを痛感する。殺人すら起きていないのに、名探偵の推理によって見えていた世界ががらりと変わる、ミステリならではの驚きと興奮があった。
先述の刺青と違って、サインやカレンダーの筆跡という手がかりは視聴者へ何度もしっかり示されているので、ミステリとしてフェア。コミックリリーフにすぎないかと思ったヒロコママの存在や、少女小説を絶賛する杉下の言葉で、ジェンダーをこえる展開のドラマとしての説得力もある。死体がにぎっていたサイン本が古書にしては綺麗すぎて、別の場面でボロボロの同じ書籍を登場させて、本当の作者が新しくサインした本だったという真相も、ドラマ小道具のお約束を逆手にとった楽しさがあった。
そして物語は、失われたと思われた虚構の理想に影響された女性たちが協力しようとするシスターフッドの誕生とともにエンディングをむかえた。徹底的な絶望を描くことで時代性を物語に刻みこんだ「ボーダーライン」と好対照に、より絶望が増したかもしれない現代ならではの、フィクションとノンフィクションの力を信じようとするメッセージが力強い。

*1:深読みかもしれないが、ちょうど昨日に感想を書いた映画がその問題意識を組みこんでいたので連想せずにいられなかった。 hokke-ookami.hatenablog.com

*2:以前に作品を紹介したエントリの注記で言及したように、少女小説を書くために「津原やすみ」という中性的なペンネームをつかい、文章でも読者に性別を誤認させるよう出版社から求められたという。 hokke-ookami.hatenablog.com

*3:www.nhk.jp