法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒 season21』第11話 大金塊

与党で政調会長をつとめたこともある政治家の屋敷に、「地獄の軽業師」と名乗る犯行予告がとどく。警察をいれたくない政治家は一部で話題の熟年探偵団へ事件解決を依頼する。
しかし熟年探偵団に興味をいだいて近づいていた特命係も事件解決に参加してきた。特命係は一年前、その政治家と因縁があった。殺人教唆をあばこうとしたが、秘書を立件することしかできなかったのだ……


恒例の「元日スペシャル」として2時間15分枠で放映された。監督は脚本の改変で批判的な注目をあつめた昨年*1と同じく権野元だが、脚本は最近の元日スペシャルによく登板していた太田愛ではなくメインライターの輿水泰弘
輿水脚本らしく過去回*2のキャラクター描写をひきつつ、古典的な探偵小説趣味にあふれている。無理に社会批判などは入れず、現代社会の政治家の屋敷を舞台に、予告状を出した怪盗と探偵団の対決を描く。今回くらいライトタッチなコメディなら権野元の過剰演出も気にならない。
予告映像では複数のライバル的な探偵が登場するのかと思ったが、いわゆる「前髪パッツン」の若い女性を探偵役にあおいで探偵団ゴッコする老人トリオという、これはこれでコミカルにデフォルメされたキャラクターとして楽しい。
ふりかえってみると、警察を介入させたくない意向が物語として意味があったとはいえ、小さな事件に視聴者の興味をひきつけるための装飾にすぎなかったと思う。また、名前のある名探偵ならば杉下右京と同じくらいの推理力を見たかった気持ちもある。いくつか補佐的な推理はおこなったが意外性はなく、冒頭で実際に事件解決に成功したほどの有能さまでは感じられなかった。
しかし今後も探偵ゴッコをつづけられそうな結末だったし、再登場してほしいと思えるくらいには魅力的だった。


物語は、過去回での陰惨な殺人事件の因縁がからんでくるが、今回にかぎっては殺人事件が起こらないどころか、ひさしぶりに人がひとりも死なない。それでいて同じように軽い犯罪をあつかった以前のSP回*3のように中だるみすることもない。
まず、畳の下にある金塊の隠し場所が金庫になっていないどころか鍵もかけていないことなど、探偵小説らしい展開を成立させるため不自然に不用心な描写が多いことは気になっていた。そもそも警察を呼ばず、何の資格もない私的な探偵に事件を解決させようとしたことも、いくら隠し事をしたい政治家の行動だとしても物語の都合が優先されていると感じられた。
しかし、それら疑問点もふくめて理解できる真相が明かされていく。


盗んだ時期を偽装するため予告状を出すことは、劇中に登場する江戸川乱歩の時代から頻出するトリックであり、怪盗が演じるよう求められた第三者というトリックも前例があったとは思う。しかしそのトリックならば、怪盗など存在しえない世界観の刑事ドラマでも怪盗を登場させられるというアイデアはよくできている。
そして金塊が偽物にすりかわっていた描写から、そもそも政治家が最初から金塊をもっていないか手放したかして、盗まれるまでは本物をもっていたと偽装するための事件かとも思った。しかし実際には、そもそも金塊を汚職の象徴として自己嫌悪的に遠ざけていたとは思わなかった。
また、その程度の良心を見せられたからといって許されるべき状況ではないところを、犯罪を徹底的に糾弾する杉下右京というキャラクターのおかげで正面から批判する描写で終わったことも良かった。人情的な刑事ドラマなら主人公側の追及がにぶったかもしれない。


ただ、それでも家族愛や政治家の良心を賞揚するような結末を見ていて、怪盗を演じさせられた俳優へのフォローが見られなかったのは残念だった。
余興と騙されて逮捕され拘置所に入れられる描写まであったのだから、解放されて多額の対価を手にする描写も必要だろう。騙されても犯罪に加担したなら罪に問われることもあるが、今回は家族がおこなったことだから盗難という罪にはならないとも語られた以上、協力させられた第三者も罪に問われるべきではあるまい。
せめて良心をもつ人間として描かれた真犯人は結末で俳優を救うよう行動するべきだ。それこそ脚本では書かれていた描写を省略したのかもしれないが。