法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「最近のラノベ」を理解したい人へ薦める、単巻で完結する10冊

「ハーレムでもなく、主人公最強でもなく、主人公マンセーでもなく、オタク主人公でもなく、パロディ無し」*1という条件を、「最近のラノベっぽくなくて面白い最近のラノベ」の要件として示したツイートが話題になっていた。そのツイートを中心として、下記エントリで批判されている。
http://d.hatena.ne.jp/srpglove/20150203/p1
あまり最近の作品は追えていないのだが、だからこそ私も「最近のラノベ」という概念に違和感を持っている。
そこで異なる角度から、具体的な作品をあげつつ検討したい。「ライト」な読みやすさを重視して選んだので、追っている作品でも『ニーナとうさぎと魔法の戦車』『シュピーゲル』のようなシリーズ物は意図して外した*2
また、作品紹介には軽いネタバレもふくんでいる。

9.『七花、時跳び! Time - Travel at the After School』

学園を舞台の中心とした、単巻で完結する時間移動SF。2010年に電撃文庫から出たが、私のなかでは最近のラノベ

七花、時跳び!―Time‐Travel at the After School (電撃文庫)

七花、時跳び!―Time‐Travel at the After School (電撃文庫)

時間移動によるパラドックスやループは厳密に設定しながら、登場人物はバカバカしい目的にのみ使う。いかにもラノベらしい薄さ明るさが、独自性ある良さに直結する*3。独立性の高い中短編が収録されているのもポイントで、一気読みせずともエピソードごとに気楽に楽しめる。
長くシリーズを追いかける必要もないし、物語を閉じるためシリアスな問題に直面することもない。この作品を読むと、むしろ「最近のラノベ」がライトというには重厚長大すぎると感じられる。

8.『戦場のライラプス

民族紛争で片腕を失った女性ふたりが出会う、近未来アクション。2009年にノベルスとして出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

戦場のライラプス (トクマ・ノベルズEdge)

戦場のライラプス (トクマ・ノベルズEdge)

ユーゴ紛争をモデルにしたらしき世界で、あらかじめ失われるべき肉体でつながった少女が、自分たちを組みこもうとする共同体にあらがう。
いったん富士見ミステリー文庫でデビューしていた小説家が、新しく賞をとって再デビューした作品。あくまでオーソドックスなアクション小説として、モチーフの重さはドラマの主軸からずらし、わかりやすく単巻でまとめている。新書ながら挿絵が多くて西尾維新作品よりもラノベらしいくらいだが、実態と一致しない蔑視対象としての「最近のラノベ」の、蔑視される要素をことごとく外している。
そうして再デビュー後に発表した作品群からTVアニメ化されたのが、よりによって「石鹸枠」*4というジャーゴンを生みだした『星刻の竜騎士』というところが面白い。「最近のラノベ」の印象がTVアニメ化によってもたらされている傍証であり、「最近のラノベ」の作者が偏見にさらされる作品しか書けないわけではない実例でもある。

7.『鏡の迷宮、白い蝶』

少女主人公を主軸とした、連作短編の本格ミステリ。2010年に創元推理文庫から出たが、私のなかでは最近のラノベ

鏡の迷宮、白い蝶 (創元推理文庫)

鏡の迷宮、白い蝶 (創元推理文庫)

富士見ミステリー文庫が消滅して中断していたシリーズの、出版社を移して再開した最新作。創元推理文庫ジュブナイル向け作品が、ライトノベルに近い位置づけにある証拠のひとつ。別作家による巻末解説で、富士見ミステリー文庫の問題が証言されているのも注目*5
ライトノベルからミステリーへ手を広げたレーベルから出版されていたシリーズ初期より、ずっとライトノベルとして完成されているのが面白い。ミステリとしての濃密さと、キャラクター小説としての面白さが、うまく両立できている。挿絵も主張しすぎず、印象に残る適度さ。

6.『紫色のクオリア

女性主人公で、単巻で完結するSF。2009年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

紫色のクオリア (電撃文庫)

紫色のクオリア (電撃文庫)

あらゆる人間をロボットと認識して分類できてしまう少女の毬井と、主人公の波濤の出会いを描いた第1部。能力者を集める組織に奪われた毬井を追って、第1部でもたらされた能力を主人公が果てしなく拡張する第2部。エピローグにあたる第3部。他に、イラストレイターによるコミカライズに書き下ろされた毬井視点の第4部がある。
冲方丁シュピーゲル』シリーズなどと同じく、イラストイメージにもとづいて書かれたという作品。イラストと本文の主従関係はひとつではない。ただ印象としては表紙が最もイメージにそぐわない。イラストレイターの本職が漫画家であるためか、作品で描かれた元気さや凄惨さや淫猥さは、コミカライズでうまくビジュアル化されていた。
毬井を追いかけるため能力を駆使して認識を肥大させていく主人公が凄まじいからこそ、人間性を捨てて肥大した意識が忘れてしまっていたものをつきつけられる結末が印象深い。つきつめたSF展開をキャラクタードラマがゆるがし、それゆえ力強く物語として完成した。
恋愛小説としては、不在の毬井への妄執とは別の角度が印象に残った。同じ毬井をとりあった別の少女アリスを、十億回かけて憎むうちに十億回かけて愛してしまった関係が、最終的に後退するからこそ心にしみる。

5.『シナオシ』

死後に時間をまきもどって女性に転生した主人公が、殺人を防ごうと奮闘する。2005年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

シナオシ (富士見ミステリー文庫)

シナオシ (富士見ミステリー文庫)

輪廻転生を特殊ルールとして導入した本格ミステリ富士見ミステリー文庫からデビューし、特殊な設定のない地味目な本格ミステリシリーズを同レーベルで書きつづけていた作者が、レーベル消滅間際に発表した佳作。直前に同レーベルから出した『キリサキ』と設定を共有するが、内容は完全に独立している。
冒頭の要件を全て外しているが、実際に読むと充分に「ラノベ」らしい。そしてその語り口が特殊設定ミステリを成立させることに結びついている。薄い頁数と薄い人物像が、ミステリとしての主軸を明瞭に浮かびあがらせ、軽い娯楽として後味を悪くしすぎない。


4.『愚者のエンドロール Why didn't she ask EBA?』

自主制作ミステリ映画に、結末をつけようと四苦八苦するメタミステリ。2002年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

愚者のエンドロール (角川文庫)

愚者のエンドロール (角川文庫)

レーベル内レーベルから出版された受賞2作目だが、そのスニーカー・ミステリ倶楽部は富士見ミステリー文庫より早く消滅した。シリーズはソフトカバーで再開され、1作目から2作目も挿絵のない角川文庫で再発売。かと思いきや2012年にシリーズがTVアニメ化されたことにともない、アニメデザインにあわせた表紙で出版された。
そもそもスニーカー・ミステリ倶楽部のイラスト方針は不明確で、1作目と2作目の時点で絵柄が大きく変わっているし、他の作品には挿絵のないものも多い。「ライトノベル」というカテゴライズの難しさを象徴する一冊だ。
作品そのものは『毒入りチョコレート事件』『探偵映画』をオマージュした多重解決もの。本格ミステリを好まない登場人物ばかり推理し、ミステリらしくない結末を映画がむかえそうになることが楽しい。そこまではミステリに興味が薄い読者の視点が重視されている。
いわば前述した『七花、時跳び!』のミステリ版だが、大きな違いは『シャーロックホームズ』シリーズの情報がかかわってくるところ。それも名探偵のキャラクターではなく、具体的な各作品の真相とかかわってくる。SFとミステリの、それぞれ先行作品を意識する重みの違いがあらわれている。

3.『きみにしか聞こえない CALLING YOU』

設定も人物もジャンルも異なる三つの短編が収録されている。2001年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

今はなきライトノベル雑誌『ザ・スニーカー』に乙一の短編が掲載され、角川スニーカー文庫にまとめられていた時期の一冊。これは当時から「最近のラノベ」らしくなかったし、間違いなくライトノベルだった。そして後に他の短編集とともに挿絵をなくして合本された。
注目が文庫に書き下ろされた「華歌」。挿絵が描写を支えるラノベという表現手段ならではの、抒情的なファンタジーとして完成されていた*6ライトノベルにおける本文と挿絵の関係を楽しみたいなら、ぜひ押さえておきたい一品だ。

2.『タツモリ家の食卓 超生命襲来!!』

幼女そっくりの超生命体を拾った少年が、銀河規模の騒動に巻きこまれる。2000年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベ

作者の初期三部作は読んでいるが濃厚すぎてとっつきづらい。他の作品は技巧が鼻につくことがあるし、完結していない作品も多い。このシリーズも未完だが、1作目だけでも完結しており、濃い設定を適度に薄めていて読みやすく、最後に示されるSF展開も論理が明快だ。前述した『シナオシ』と同じく、頁数が少ないからこそ脇道にそれず、コンセプトの魅力がわかりやすい。
ちなみに後書きによると、ライトノベルらしい売れ線を作者は目指し、それを踏まえながら踏みはずしてしまったようである。「最近のラノベ」として並べられた冒頭の条件は、実は前世紀から存在して、とっくに茶化されていたのだ。

1.『うふふルピナス探偵団』

犯人の不思議な行動から殺人事件を解明する本格ミステリ講談社X文庫ティーンズハートから出版された、少女向け最近のラノベ

「うふふ」と「ルピナス探偵団」の間にはハートマークが入る。本格ミステリとしては堂々たる完成度で、論理の切れ味は鋭い。さらに本格ミステリらしい装置を増やした、雪に閉ざされた山荘を舞台とする第2作もある。このシリーズに限らず、少女向けレーベルでは各巻完結の長期シリーズ本格ミステリが多かった。
作者は、少女向けレーベルから大人向け小説へと軸足を移している作家のひとり*7。この作品も第2作をふくめて改稿され、ハードカバーの新シリーズとして展開されている。

0.『ホック氏の異郷の冒険』

文明開化の日本を舞台に、イギリスの名探偵が事件に直面する。1983年に出版されたが、私のなかでは最近のラノベというのはさすがに無理があることはわかっている。

日本推理作家協会賞受賞作。ソノラマ文庫と同時代、角川文庫でジュブナイル小説が出版されていた一環の作品。同じ緑背表紙だったことで印象深い。ライトノベルの前身となる作品であったことは間違いないだろう。
作品内でも初期に示唆されるので明かしてしまうと、これは『シャーロックホームズ』のパロディ作品。より正確には「パスティーシュ」と呼ばれる手法。原作のミッシングリンクを埋め、名探偵という「チート」なキャラクターの弱点をつき、日本ならではの事件を独自に描いている。本格ミステリとしてはトリックが薄味だが、歴史小説としての面白味もあり、娯楽作品として充実していた。
注目したいのは、「最近」とはいいがたいこの作品が「最近のラノベ」の条件をほとんどかねそなえていること。そもそもミステリというジャンル自体がそうだ。先行作品を前提とすることで、意外性を演出する。『ルパン』シリーズにシャーロックホームズが登場したり、明智小五郎シリーズにルパンが登場したり、伝統的に先行作品を利用する*8。そして絶対性を付与されたキャラクターとして名探偵が存在する。しかもしばしば思考ばかり肥大し、対人関係に問題をかかえている。ハードボイルドというジャンルでは異性の人気を集めることも多い。


つまるところ、「最近のラノベ」らしいとされた条件は、ライトノベルに特徴的なものではないし、最近に始まったものでもない。
個別作品を批判するにおいても、ただの好悪の感想にとどめたくないならば、それ相応の努力が必要だ。いわんや分類としても不明瞭な「最近のラノベ」全体を批判したいならば、かなりの努力が求められるはずだ。
それでも「最近のラノベ」への蔑視を優先して条件をあとづけするような態度をとれば、反発され批判されるのも当然だろう。


ちなみに文章作法も、「最近のラノベ」に対するような批判が戦前から存在していた。
会話に括弧を使う時における1935年の規範事例 - 法華狼の日記

 節を切るについて戒むべきは、無意味に節を短くし、やたらに行を変へて、普通の文章をあたかも詩か俳句のやうな書き方をすることである。そんなのは、句読点の多過ぎるのと同様すこぶる厄介なお手数ものといふことになつて、その運命や知るべしである。

薄く軽いとされた娯楽作品に対する蔑視は、昔から存在しつづけた。そしてそうした蔑視を超えて、さまざまな物語が今も私を楽しませてくれている。

*1:左翼ならば、「マンセー」というジャーゴンにも釘をさしておくべきだろうか。

*2:偶然ながら、どちらもラノベでは少ないとされている女性主人公作品。

*3:感想エントリで言及したように、独自性といいつつ先行作品を意識しているが。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120417/1334702766なお「オタク主人公」の一人称小説なので、パロディ台詞は内面のリアルな素描として多用されている。

*4:http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%9F%B3%E9%B9%B8%E6%9E%A0

*5:感想エントリで言及した。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20121108/1352407255

*6:イラストと作品が密接すぎるためか、イラストレイターを変えた角川つばさ文庫版などでは未収録。

*7:作者が女性のふりをすること等、少女向けレーベルには制約が多かったとも証言している。「最近のラノベ」というカテゴライズとは別個に、各レーベルで表現が制約された等の検討は可能だろう。

*8:こちらのページがくわしい。http://www2s.biglobe.ne.jp/tetuya/lupin/gansaku/ogon.html