法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『猿の惑星』

地球をはなれて恒星間を移動していた4人乗りの宇宙船が、とある惑星の湖に不時着する。ただ1人の女性乗組員は船内で死亡し、沈む宇宙船から脱出できたのは3人の男だけ。
周囲はかわいた岩場で、湖もふくめて生物の気配はない。乗組員にとっては数年でも、ウラシマ効果で数千年の時がすぎている。孤立した3人が荒野をさまよっていると、何者かの姿がちらつく……


1968年の米国映画。第二次世界大戦で植民地における抗日運動をおこなったピエール・ブールの小説を原作として、1920年に日本で誕生して幼少期をすごしたフランクリン・J・シャフナーが監督した。

これまで本編を視聴したことがあるのはティム・バートン監督のリメイク『PLANET OF THE APES/猿の惑星*1と、オリジナル前日譚的な映画『猿の惑星:創世記*2と続編の『猿の惑星:新世紀』だけ。
1作目からはじまる旧シリーズは映画を紹介する書籍でくわしい内容や原作からの変更を知っていたし、初期のDVDパッケージ*3にもつかわれたオチは一般常識だろう。しかし映画の印象がストーリーだけでつくられないことも理解はしている。


視聴して最初に意外だったのは、惑星についてから3人だけでさまよう場面が長いこと。エンディングの短い約2時間の映画なのに30分近くある。
冒頭の特撮と宇宙船デザインこそ古びているが、広大な湖に宇宙船セットが沈む情景から*4、見わたすかぎり岩山と砂ばかりの地形まで自然の風景として見ごたえがある。ひたすら歩きまわるだけなのに『隠し砦の三悪人』を思い出すような充実感があった。古い映画のテンポ感も状況にあっている。
最初に出会うのが野生化した人間で、知性をもった「猿」*5との出会いまでワンクッションをはさむ長さも予想と違っていた。ひょっとしたら先入観をもたずに視聴すれば「APES」とは半裸の人間たちを指すのかと思ってしまうくらい。
もちろん猿が登場してからは当時なりのSF映画になっていく。技術的に評価された特殊メイクも、たしかに表情こそ当時では珍しく動くが、仮面をかぶっている印象はぬぐえない。しかし数を用意することで、人獣が逆転した世界を情景で表現できていた。おまけに予算の関係で原作より猿の文明を遅らせ、土をかためたような住居群にした結果、現在に視聴してもセットデザインが古びていない。
また意外なのが、チャールトン・ヘストンが演じる主人公がひとり猿にとらわれて、孤立感がさらに強調される時間の長さ。猿側のひとりが意図しているとはいえ、不運の連続でコミュニケーションに失敗しつづけるストレスが、差別社会の不条理を感じさせる風刺劇として延々とつづいていく。
いかにもな現地の美女も会話ができず、知性も幼い子供くらいなため、セクシーな半裸姿なのにヒロインという印象がない。主人公に興味をいだいて知性を見いだす猿の女性学者こそ、他に恋人はいるが対等なヒロインらしさがあった。


ただ、主人公が真相に気づかない説得力をあげるためにも、猿に英語を話させるべきではなく、翻訳機などをつかうべきではないかとは思った。当時の映像作品は異星人も地球の言葉を話すことがお約束として許されていたが、原作の猿はSFらしく違う言語を話すという。
故障した翻訳機を修理する困難などを描けば、よりディスコミュニケーションを描けたはず。この作品の影響下にある作品、たとえば短編漫画『ミノタウロスの皿』などでは翻訳機が登場するからこそ、現在に視聴すると違和感が残った。


そして主人公は次々に選択肢をせばめられていき、猿の仲間も失っていき、有名な結末にいたる。これはBlu-rayの特典映像の解説によると映画のオリジナル設定とのことで、文明の相対化をねらった原作よりも文明の破滅を脚本家が重視したためらしい。
しかしこのオチだけは、それを知って見ていたのに唐突だと思った。主人公がすべてを察してくずれおちる姿についていけない。てっきり映画は主人公がくりかえし地球からの救援を期待する描写をはさむのだろうと思っていたが、序盤から地球に期待しないように主人公たちがふるまうので、真相を知っても知らなくても主人公の孤立感は変わらないのでは、と思ってしまった。せめて主人公が猿とわかれて禁じられた地域へ行くまでに時間をかければ、期待した文明の実態との落差が生まれただろう。
おそらく公開された当時は、核戦争の危機が観客に共有されていて、主人公個人のドラマが人類全体のドラマへ一気に拡張されたことが衝撃を生んだだろうことは想像できる。いや最初にオチを知った時点では、きっと私も衝撃を理解できていただろう。しかし人類の愚行が文明に明確なピリオドを打つわけではなく、ひたすら不条理な日々がつづいていく時代に通用する描写ではないと感じられた。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:細かい設定や描写が違うので、原作や映画の前日譚ではない。 hokke-ookami.hatenablog.com

*3:ひどいネタバレなので念のために商品名でリンクしておく。猿の惑星 [DVD]

*4:乗組員が脱出するまでは実景に宇宙船のセットを浮かべているが、おそらく沈む光景はミニチュア特撮だと思う。

*5:厳密には「猩」と表記するべきかもしれないが、以降も邦題にならって「猿」と表記する。