法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』

エウレカと呼ばれる災害により、東京が飲みこまれつつある近未来。災害と戦った父を七年前に失った少女アネモネは、自身も組織アシッドに所属し、七番目のエウレカとの戦いにおもむく。
災害の膨張と侵攻を遅らせるため兵器群が攻撃をつづけるなか、アネモネは精神をエウレカの内部に飛ばす。すると隣に不思議な少年ドミニクがあらわれ、指示を出しはじめた……


2018年に公開されたアニメ映画。2005年のTVアニメ『交響詩篇エウレカセブン』を再編集し、まったく新しい物語を構成した三部作の2作目。

最初の単独劇場版*1をはじめ、再編集や新作のたびに最初のファンから反発されてきたシリーズだが、この再編集2作目は多くのファンからも好評のようだ。
それも再編集1作目の直接的な続編というより、それをふくめたシリーズ各作品をパラレルワールドに位置づけ、ひとつの独立した物語となっている。


組織のなかでもマイノリティな人々が、アネモネを違う世界へ送りこむ。アネモネは断片的な戦いに悪役としてかかわり、悲劇を目撃しては帰還する。TV版のアネモネが主人公の対立陣営だった出自が効いている。
やがてアネモネは、異世界の少女エウレカが、少年レントンの死を回避するため行動していることに気づく。試行錯誤のひとつひとつが過去作品の映像として提示されていく。より良い結末を求めて時間をさかのぼるタイムループというSFジャンル。そこで失敗して捨てられたガラクタを押しつけられた側がアネモネの世界だったのだ。
異なる次元を表現するにあたって、映画『グランド・ブタペスト・ホテル*2のようにアスペクト比を変更*3。再編集しようにも時代や媒体ごとに作品の縦横比が異なる問題が、演出として昇華された。
各時代の映画やTVを思わせる縦横比にくわえて、スマートホンの縦長の画面もつかわれる。画面が横に広がるほど客観的にストーリーが進み、縦長になるほど主観的なドラマが描かれる。最初のTVアニメが4対3のスタンダードサイズだったことも、それがエウレカの主観的に変えたい世界だからと位置づけられた。


この物語が描くのは、個人と全体それぞれの痛みの記憶だ。その射程はひとつの虚構におさまらない。
事実として、京田知己総監督のインタビューで、アネモネの父の死を東日本大震災に重ねあわせる発言があった。映画公開の7年前はちょうど2011年だ。
劇中の官僚はシステマックに作戦を強行し、情報を知らせないまま子供を最前線に送りこむ。そんな国家のありようを、アシッドの構成員は冷ややかに指摘する*4

f:id:hokke-ookami:20201029210422p:plain
f:id:hokke-ookami:20201029210606p:plain
f:id:hokke-ookami:20201029210720p:plain
f:id:hokke-ookami:20201029210739p:plain

ここで語られる官僚制と公文書への不信感は、第二次世界大戦後の公文書焼却はもちろん、おそらく森友加計問題などの隠蔽改竄を反映した描写だろう。
hokke-ookami.hatenablog.com
先に2011年をモデルにした2016年の映画『シン・ゴジラ』は、官僚を文書主義と称揚する描写が話題になったが、現在では実態にあわないと批判されている。
hokke-ookami.hatenablog.com
しかしすでに同じ日本のサブカルチャーで、実態にあわせるように日本の官僚制を描いたアニメ映画も作られていたのだ。


もちろん情報の隠蔽描写は現代的なリアリティを足すだけではない。無かったことにしたい過去に向きあい、そこで何があったかを知ることは、止まった世界を動かす気持ちをささえる。
世界を変える少女エウレカは3DCGで描写され、無機質なキャラクターとしての恐ろしさがあった。しかしアネモネもまた過去の回想では3DCGで描写され、人形劇的で白昼夢めいた記憶が、いとおしく楽しいものとして描かれていた。アネモネエウレカへ手をさしのべ、ふたりは大切な記憶にしたがって出口へと飛んでいく……
つまりこれは、キャラクターを苦難に向きあわせてストーリーを整理してきたスタッフが、苦しんできたキャラクターの幸福を望んで反発するファンと和解しようとした映画なのだ。何よりも消したい過去を、記憶すべきものとして直視した物語なのだ。


コンセプトに奉仕した全体の取捨選択もよくできている。徒労感をかかえながら子供を守ろうと戦う人々を素晴らしいアニメーションながら単調な映像として演出したり、エウレカの追い求めた少年レントンを最後の最後まで登場させなかったり*5
私個人としては社会の混迷に少年が挫折しながらも走り出す再編集1作目に好ましさをおぼえるが*6、この再編集2作目も記憶との対峙が興味深く娯楽として完成度が高い。シリーズの前提知識がないとわかりづらいと思うが、一見の価値はある作品だ。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:『グランド・ブダペスト・ホテル』 - 法華狼の日記

*3:あるいはTVシリーズから影響関係を公言している松本零士関連作品のひとつ、映画『ヤマトよ永遠に』で宣伝にもちいられた「ワープ・ディメンション」が元ネタかもしれない。DVD等の新しい映像ソフトで視聴すると、同じように周囲に黒枠があるビスタサイズで再生される。

*4:25分50秒から26分11秒にかけての会話。厳密には異なる話題が並行して語られている。

*5:ただ本編はアネモネエウレカのガールミーツガールに徹して、レントンの登場はエンドロールが終わった後にすれば、より構成が美しかったと思う。

*6:2019年には2010年代のアニメ映画ベストテンに選んだ。 hokke-ookami.hatenablog.com