2023年3月に公開された『シン・仮面ライダー』にあわせて、同月31日にNHKで放送されたアクション撮影のメイキング。
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噂には聞いていたが、NHKが切りとった裏側を見るかぎり、ひどい制作体制と感じざるをえなかった。
准監督の尾上克郎は番組に映されたやりとりがすべてではないと指摘していたが、明らかな捏造とまでは主張できていないし、現在そのツイートは削除されている。
【番組ネタバレ注意】NHK『ドキュメント シン・仮面ライダー〜ヒーローアクション挑戦の舞台裏』感想集「庵野監督が碇ゲンドウ」 - Togetter [トゥギャッター]
庵野組の現場の事。TVであんな切り取り方されたら誰だって誤解するわな。あの程度で心折れるようなスタッフは庵野組にはいない。監督だって田渕君だろうが関わったスタッフ皆が作品のために必死になるのが当たり前。次のシーンじゃ笑いながら先に進んでる。それが映画
そもそも、どのようなドキュメンタリであっても事実から一部の側面を抽出せざるをえないものであり、かつて庵野秀明が撮った映画メイキングドキュメンタリ『GAMERA1999』も誇張的な演出や編集が指摘されている。
それゆえ異なる側面もあったという准監督の指摘にも意味はあるが、それだけではドキュメンタリを否定する根拠としては弱い。
さて、先に映画は見たがアクションには感心できなかった。途中の絵がないことも段取りを排したい意向の結果なのだろうが、監督がもとめていた生々しさより不自然さを感じさせた*1。
『シン・仮面ライダー』 - 法華狼の日記
アクションシーンはところどころ必要な絵が欠けている。冒頭のカーチェイスからして、パトカーが突如として巨大トラックにひっかかっているように見えて意味がわからなかった。直前の空撮ロングショットをよく見ると道路の途中にパトカーがバリケードをはっているようだが、ちいさく風景にとけこむような色彩なので見えづらい。以降のアクションシーンも全体的に位置関係や動きを説明するためのミドルショットが足りないし、移動描写もなく戦闘員がとつぜん整列しているところも面食らう。
ドキュメンタリを見るかぎり、おそらく監督は黒澤明の『羅生門』の最後に見せる戦いのような情けなさや泥臭さのようなアクションを目指したようだ。しかしそれを安全な撮影で観客につたえたいなら、先に虚構として華々しい映画的なアクションを見せて最後のアクションの泥臭さをきわだたせた『羅生門』のような明確な方針が必要だ。撮影現場で失敗こみでアクション全体を把握した監督が生々しさを感じても、それをカメラで切りとって編集でぬきだしてVFXを足して見る観客は同じ生々しさを感じることができない。
その方針を決めるまでの制作体制の問題として、半年間の準備期間で主演俳優やアクション監督らがおこなっていたアクション練習が無駄になったことも唖然とした。同じ試行錯誤でもアニメならまだいい。演出の意図にそわないどころか単純に稚拙でつかわれなかった絵でも、描いたならそれだけの対価はしはらわれることになっている*2。同じ偶然性でもミニチュア特撮ならまだいい。迫力を出そうとして予定外のミニチュアや人形が破損しても人間は傷つかない。生身の人間アクションで偶然性を欲するなら、格闘技のドキュメンタリーを撮影するつもりでやるべきだろう。
そうして撮影現場でアクション監督や俳優がつくりあげたアクションを見た監督は、組み手を抑制してアドリブで格闘をさせたがる。パンチがスタントマンにあたって昏倒させるようなアクシデントを歓迎する。少しずつタイミングをあわせて殺陣を完成させていくアクション練習とは方向性が正反対だ。安全にアクションをおこなうための練習でクランクイン直前に重大な捻挫をおこす事故が起きたのは不運だとしても、アクションスタッフの方向性を後から否定するくらいなら、気心がしれたデザインスタッフよりも経験の少ないアクションスタッフとの準備を優先するべきではなかったか。
せめてスーツが完成する前にプリヴィズのようにアクションの撮影と編集を試しておけば、スーツが完成してクランクインした後にアクション演出が迷走することもなかったのではないか。
監督の方針として実際に人間を攻撃する生々しさと、段取りのない偶然性に依拠した殴りあいを描きたいなら、それをどのように安全に撮影するかという方向に準備期間をつかうべきだったろう。
たとえば那須博之が『デビルマン』の実写映画化で当初に考えていたように実際の格闘家にスーツを着せて本当の格闘をさせる方針も検討できたのではないか。最終的に予算がついてVFX満載の大作になった『デビルマン』は那須博之が全体をコントロールできず実写化失敗作の代名詞となったが*3、それ以前に不良の抗争を俳優のアドリブまかせで生々しく描写した『ビー・バップ・ハイスクール』はシリーズ化するほど成功していた。
スーツアクターではなく主演俳優にスーツを着せて格闘する方針でやりたいなら、番組でも言及がありつつ採用しなかったパッドをしこむ手法を発展させればどうだったろうか。たとえばどのような打撃でも関節技でも怪我をしないような防護スーツをつくり、それを着てバタバタ本気で格闘する姿をデジタル修正やモーションキャプチャーで仮面ライダーとオーグの格闘する姿におきかえる。実際の映画でもモーションキャプチャーは活用しているのだから映像になじまないことはないだろうし、手法として完成させれば他作品のスーツヒーローのアクションにも好影響をあたえられるのではないだろうか。
他にも等身大の人形を『巨神兵東京に現わる』*4のロッドパペット手法などで動かして、スーツを着た俳優に本気で殴る蹴るの打撃をさせるなどの手法が考えられる。パペットとスーツを入れかえた打撃を交互に撮影して、編集で本気の打撃をおこないあっているかのように見せればいい。あるいは打撃をうける部分だけパペットにして、スーツアクターのはみでた肉体はグリーンスーツを着せてデジタルで消してもいい。手法としてはロッドパペットのロッド部分をデジタルで消すことと同じだし、すでに『アイアムアヒーロー』*5等で日本でも技術的に成功しているし、場面によっては『シン・仮面ライダー』でも採用されているようだ。
【#ANNOcamera 30】
— (株)カラー 2号機 (@khara_inc2) 2023年5月6日
「横須賀市ロケ撮影時、本郷ナメ
ルリ子のアングル確認用に撮った1枚&消えていくルリ子を見ている本郷の主観撮影テスト時の1枚。」
撮影・コメント#庵野秀明#シン・仮面ライダー 上映中
👉🎬👀https://t.co/2Que46ZE6R https://t.co/D7qUGSl7GK pic.twitter.com/V7rOwTfqm1
もちろん上記のような撮影手法が庵野秀明の意向にそうとはかぎらない。それどころかドキュメンタリ内で言葉で否定したワイヤーアクションをグリーンバックの前でおこなう撮影が主演俳優のクランクアップだった。しかし最終的に平凡な手法に回帰するのだとしても、一般的なアクション演出をしあげる方向につかった準備期間を最初から監督のもとめる方向性を撮影可能にする試行錯誤にあてれば、もう少し安全で順調な撮影ができたのではないかと思えてならない。
そもそも安全性が確保されない撮影現場でアドリブをもとめても、腰がひけたアクションになるのは当然ではないだろうか。逆にどれほどアドリブまかせでも安全性が確保される状況なら、ずっと思いきりのいいアクションができるだろう。