法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『グランド・ブダペスト・ホテル』

東欧の古びた高級ホテルに滞在していた作家は、大富豪のオーナーが狭い従業員室に泊まっている不思議に興味をもつ。
すぐにオーナーと知りあった作家は、かつて華やいでいたホテルの記憶を聞かせてもらうこととなった。
紳士なコンシェルジュと移民のベルボーイによる、富豪夫人の遺産をめぐる冒険が始まる……


2014年の独英合作映画。ベルリン銀熊賞をはじめ、各国の主要な映画賞を受けた作品。
映画『グランド・ブダペスト・ホテル』オフィシャルサイト
ウェス・アンダーソン監督作品を見るのは初めてで、映像ソフトのパッケージ以上の情報を持たないまま視聴したので、いきなり語り口の変化に驚かされた。
まず作家ののこした書籍を読む視点ではじまり、プロダクションデザインから画面の縦横比まで変えながら、美しい虚構をホテルが提供していた時代を劇中劇として描いていく。過去パートでは、わざわざリアリティを落としたミニチュアでホテルの全景を描いたりする。悪漢との追跡劇も、わざわざ昔の映画のような雑な合成を使う。
物語も、巨大ホテル内部で完結する推理劇かと思いきや、ホテルを中心にしつつも富豪婦人の屋敷と行き来したり、刑務所や雪山での追跡劇が展開されたりする。犯人や遺産の正体は見たままで、どんでん返しの意外性はない。どのように危機を切りぬけていくかというサスペンス色が強いブラックコメディだ。


さて、コンシェルジュは紳士ぶっているが、多数の裕福な老婦人と男女関係になり、ホテルの上客としてつなぎとめている。わりと「ふざけんな」と感じてしまうゲスな人格ではある。
しかしベルボーイが戦火を逃れた移民であることには心を痛めるし、老婦人に対しても心底から愛する態度を崩さない。高級ホテルのコンシェルジュという幻想を演じて、それを自分で信じこむことで、実際に立派な紳士としてふるまってみせる。そして敬愛すべき人物として、気高く人生を終えた。まるで『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーのように。
そう、舞台こそ架空の国家だが、第二次世界大戦前後の歴史を物語におりこんでいて、美しいヨーロッパをファシズムが覆っていく時代が重要な背景となっている。コンシェルジュは移民を片腕として使いながら、その時代を鼻で笑うように見栄をはる。
むろん古き良き時代を正面からは肯定せず、非白人の移民の視点で、すでに失われた強者の理想を少し斜めから見ている。だからこそ、紳士の理想が移民をも救った瞬間の、広い世界とつながった純白の美しさが心に残った。