法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』誕生!?大統領のび太/マッド・ウオッチ

「誕生!?大統領のび太」は、のび太が秘密道具で大統領になり、子供に千円の一時金を与えるルールをつくった。喜ぶ子供たちに真実を教えると、我先に大統領になろうとして……
伊藤公志脚本による、米大統領選を意識したアニメオリジナルストーリー。劇中のTVニュースで大統領選が近いことを報じているし、秘密道具「大統領の本」の設定も現実のそれを反映している。
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ドラえもんは「ちがうルールを作ってみる?」と言い、『大統領(だいとうりょう)の本』を取り出す。アメリカ大統領の就任(しゅうにん)式の宣誓(せんせい)のように、この本に手を置いて新しいルールを言うと、すぐに実現(じつげん)できるのだという。

そこから同種の秘密道具が出てくる原作の「ポータブル国会」*1や「Yロウ」*2のように秘密道具による権力の暴走を描いていくかと思いきや、秘密道具そのものの使用権の争いで子供社会が動いていく。せっかくなら2011年の選挙エピソードで登場したアニメオリジナル秘密道具を再登場させても良かったかも。
hokke-ookami.hatenablog.com
普通なら票を集めそうな出木杉だが*3、指導者のがらではないと裏方になって選挙の制度づくり。「スーパーチューズデー*4に言及して、まず候補をふたりまでしぼりこむ。
暴力で支持を集めようとしたジャイアンは少し票が足りず、すでに一時金をルール化した実績とドラえもんの助けがあるのび太と、豊富な資金力で支持者を集めたスネ夫の決戦に。資金力をいかしたポスターをはりまくるスネ夫と、先の見えないどぶ板をつづけるのび太。短編「グラフはうそつかない」に登場する秘密道具「正かくグラフ」で支持率もリアルタイムで計測。
そこにスネ夫ドラえもんアタッシュケースいっぱいのどら焼きで買収しようとしたり、「仮定の質問」には答えないという菅義偉首相の愛用する逃げ台詞をつかったり、「疑惑の総合総社」と鈴木宗男のように追及されたり、さらに政治ネタとして濃くなっていく。
のび太は対抗のためドブ板をつづけるしかないように見せて、各家庭の窓ふきをしていたのは「ゆっくり反射ぞうきん」で過去の光景を見るためという逆転劇もいい。何かしかけていることは予想できたが、既存の秘密道具をつかっているので納得感が高い。収賄があばかれて人気が落ちるのは現在の日本では必ずしも期待できないが、選挙管理的な立場にある出木杉まで動いたなら理解できる。
そして三位のジャイアンが新たな候補におどりでたのも、スネ夫収賄証拠写真に映りこんだ善行の意外性で人気が高まるのも、選挙らしい水物感。その勢いがたもたれたまま投票になったので、ジャイアンが当選したあげく、そこまで隠していた本音を一気に語る展開にも逆説的なカタルシスがあった。嘘をいわず不都合なことを黙っていただけで、勝手に市民が騙されて好かれてかつがれる風刺性が強烈。意外な優しさを感じさせる写真が、ただ子供に庭の柿を採らせていたという真相も説得力がある絵になっている。
残念ながら剛田母の乱入で終わったのはデウスエクスマキナじみているし、風刺性は弱くなってしまったが*5、なかなか攻めた内容ともども悪いアニメオリジナルではなかった。


「マッド・ウオッチ」は、母の長々とした説教に困っているのび太のため、ドラえもんが時間の進みを早くしたり遅くできる秘密道具を出す。それで説教を早送りしたのび太は、ドラえもんの動きを止めて……
初期原作を2005年以降で初アニメ化。内海照子脚本に善聡一郎コンテ。のび太が正座で足をもぞもぞしているのを背後から足のクローズアップで見せるカットが目を引いた。劇中TV番組も地味に過去エピソードを引用するように描写。
基本的には原作通りだが、アニメオリジナルで出木杉が登場し、しずちゃんへ時間の相対性を語る描写を追加*6。意図はわからないでもないが、今回はしずちゃんをあまり落とさないほうが良かったと思う。
原作ではドラえもんの制止した時間に母だけでなく父もまきこまれるが、今回のアニメでは深夜に泥酔して帰宅し、そのまま説教する流れ。原作と同じ急転直下なオチを見たかったが、簡単に見返せないアニメだと説明を足さないとわかりにくいかな。
あと、しずちゃんの顔をながめているだけで幸せだというのび太は、これはこれで美しい姿だと原作では思っていたが、アニメで見ると相手の感情を無視している側面が強く感じられた。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:子供にルールを作らせると、意外なほどモラリストにふるまい、むしろ自由を失わせる問題まであるという。

*4:米大統領選で各党の候補を決める予備選だが、アニメ内でそこまでくわしく説明しないのが、子供が自分で調べることをうながしているようで、押しつけがましくない学習アニメらしさがあった。

*5:「ポータブル国会」の解散のように弾劾がオチに来るかと予想したのだが。

*6:時間経過の心情による変化は、どちらかといえば心理学などの領域だと思うが。