法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』ウルトラミキサー/ムードもりあげ楽団/のび太の恐竜

「50周年だよ!ドラえもん誕生日スペシャル!」と題した1時間SP。新型コロナ禍でずっと半分が再放送だった昨今、ひさしぶりの全話新作。
ここ十数年の1時間枠いっぱいつかったアニメオリジナルストーリーではなく、『ドラえもん』を愛好する芸能人を呼んで放映エピソードを選んでもらったり、映画1作目の原型となった短編を感動的な中編としてアニメ化。


「ウルトラミキサー」は、犬と猫のケンカを止めるため合体させる秘密道具が登場。しずちゃんに抗議されて犬と猫はもどすが、のび太たちは家財道具を整理しようと合体させはじめる……
2012年に三宅綱太郎コンテ演出でアニメ化*1した原作を、パクキョンスンコンテでリメイク。「マジックチャック」*2が印象深い藤田優奈の作画監督で、かなり絵柄に癖が出ている。
2012年版ではアレンジされていた電気カミソリをライターとの合体にもどしたり、冷蔵庫化するトイレを洋式に変えてタンク部分まで食料を入れたり、物語は原作をふまえつつ刺激を増していく。
さらに合体する種類を大幅に増加。乗りづらそうなしずちゃんのため持っているバイオリンを自転車に合体させたり、ジャイアンの食欲を満たすためファーストフードを樹と合体させて葉っぱをフライドポテトにしたり。特にジャイアンについては、原作と違って曲がりなりにも全員が満足できており、意外だが悪い印象ではなかった。
エピソードを選んだ星野源は、多くの視聴者が知っていることを前提に「のびえもん」にふれる。1エピソードのオチにだけ登場するキャラクターだが、グッズ化もされていて知名度は高いか。配色は頭が青かった2012年版と違って、今回のアニメは原作やグッズに近い黒い頭だった。

しかし、のび太ドラえもんの初期原作らしい傍若無人なふるまいに、両親とも気圧されるだけで怒らないことが謎だった。トイレと冷蔵庫の合体も流してしまい、原作ほどのインパクトを残さない。


「ムードもりあげ楽団」は、何に対しても無感動なのび太のため、ドラえもんが心の動きを強める秘密道具を出す。のび太は母のケーキを思い出して絶賛したり、友人たちと会っていくが……
全体リニューアルした2005年にアニメ化され、2015年にリメイク*3された短編を、さらにリメイク。鈴木洋介脚本、三宅綱太郎コンテ。
まず目を引くのが冒頭のTV番組で、リニューアル後に初めて原作通りに『パーマン』を使っている。声こそないが、新作アニメーションで動く姿が見られること自体が嬉しい。
BGMの選定は2015年版よりそれらしくベタにもりあげ、それゆえ楽しいBGMのままジャイアンに追いかけられる場面のカウンタープンクトもきわだつ。そこから原作よりもジャイアンへの反撃に紆余曲折を入れて、さらにBGMでゆりうごかす感情の変化を楽しめた。
エピソードを選んだのは高嶋ちさ子で、楽団モチーフはバイオリニストらしいと感じていたら、インタビューではジャイアン愛を語る。なるほど、音痴でも気にせず歌という表現をつづける少年は、音楽家にとって尊敬すべき存在なのかもしれない*4ジャイアンのサインを二択で的中するのはともかく、性格の長所短所をならべつつ、好きなのは悪人の状態と断言するあたりにガチ感がただよってくる。
ただ少し引っかかったのが、音符を映像化したことと、イメージBGがいつもより多かったこと。BGMという音で感情を表現するストーリーにあわせて、絵でも感情を表現する手法を多用したのかと思ったが……


のび太の恐竜」は、恐竜の化石を自慢するスネ夫に対抗して、のび太は恐竜まるごと発見すると宣言した。あまりの無茶にドラえもんはつきはなすが、のび太は自力で勉強しはじめて……
後に映画化のため大長編の導入に組みこまれる短編を、初めて単独でアニメ化。4月から新たに監督となった小倉宏文が、2016年の誕生日SP*5以来ひさびさにコンテを担当した。
物語は原作に忠実だが、夏休みの出来事というディテールを足している。のび太に罰として生ごみを捨てる穴を掘らせた男が、アニメオリジナルでアイスキャンディーを持ってきたり。ピー助が暑さでのびて、小さなプールで遊ばせてもらう展開の説得力を増している。いざ育ったピー助を見せようとしたら友人たちが出かけている局面も、夏休みの終わりならでは。
ドラえもんの「あたたかい目」も、『のび太の恐竜2006*6とはまた違った生々しさで楽しい。その後、遠くから見守っていると内心で語りながらドラえもんがどら焼きを買って食べているアレンジは、原作以上に原作らしいドライさがあって良かった。
演出では、原作のコマをそのまま引用したようなカットが目立つ。特にピー助が誕生する感動的な瞬間と、オチの腰砕けなケンカは、背景美術の静止画として処理し、より印象に残った。ピー助を残してタイムマシンで去るカットも、いつものタイムマシン描写と違って原作の画面をわざわざ再現している。のび太を広角レンズで接写したようなカットも多く、ていねいなパースで俯瞰の人体が作画されていることにシンエイ動画の底力を感じた*7。独白が口を動かす台詞ではなく、内心のモノローグが多いことも好みだった。
ただ首をかしげたのは、イメージBGの多用。心象の表現を優先するあまり映像から客観性が欠けてしまい、もともと好きではない演出だ*8。『ドラえもん』はデフォルメが強いようでいて、クールで客観性を重視した作品なので、あまり多用してほしくない。
漫画特有の書き文字をアニメ化して動かす演出も、同じようにあまり好きではない。今回はまるでTVアニメ版『ジョジョの奇妙な冒険』のように多用している。イメージBGと比べてアニメ演出として珍しく、今回くらい徹底してつかわれたならスペシャル感もあるので、嫌悪より面白味がまさったが……もしコンテを担当した新監督の方針として、今後この演出が多用されるのであれば困ってしまう。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:ちなみにコンテは総監督だった楠葉宏三で、現監督の小倉宏文が演出。 hokke-ookami.hatenablog.com

*4:題名のない音楽会』の『ドラえもん』テーマ回でジャイアンになりきって歌ったりしたという。「音楽会の帰り道」 | 高嶋ちさ子のわがまま音楽会~ドラえもん編

*5:hokke-ookami.hatenablog.com

*6:hokke-ookami.hatenablog.com

*7:背筋がピンとはった作画の癖が出ていると思ったら、やはり原画に大塚正実がいた。

*8:富野由悠季演出が嫌いな要因のひとつ。