法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ユーリ・ノルシュテイン作品集』

ジェネオンの「NAA」レーベルから発売された、ロシアアニメの巨匠の作品集。
http://www.geneon-ent.co.jp/anime/NAA/contents/hp0004/index00020000.html
さすがに代表作は観たことがあったが、まとめて視聴すると技術の洗練なども楽しめる。


『25日・最初の日』は、A・チューリン監督と共同ながら、初監督作品。ソビエト連邦プロパガンダ以上の面白味はなく、しかしプロパガンダらしいキッチュさの味わいもない。
資本家キャラクターの切り絵を他の漫画作品から拝借したり、実写を使ったりと、異なる表現の同居は面白いが、それも後の作品群への助走にすぎない。


『ケルジェネツの戦い』は、キエフ公国のスラブ統一を描く、歴史作品。あくまでアクセントではあるが、戦争の痛みも描いている。
フラスコ画や細密画を動かすという、切り絵アニメという技法を活用した表現が面白い。左右に広いシネスコサイズも、左右への動きを得意とする切り絵アニメに合っている。


『狐と兎』は、ロシア民話を原案とした、動物擬人化アニメ。家をキツネにうばわれたウサギを、他の動物たちが助けようとする。
まるで動く絵本のような作品。セルアニメと違って、切り絵アニメはキャラクターと背景の質感をそろえることができる。家を奪いかえすシチュエーションだけでなく、その家での生活を楽しげに描写しているところもポイント。
ロシアアニメなのでクマが活躍するかと思いきや、意外な動物が家を奪いかえす。民話からしてそうらしいが*1、日本人にはつたわらない文脈があるのだろうか。


『あおさぎと鶴』は、たがいにプロポーズしようとするが、つい意地をはりあってしまう鳥の物語。切り絵アニメとしての表現力が格段にあがった。
右から左、左から右、アオサギとツルが行き来する動きが、やはり切り絵アニメの特性を活用している。背景に花火の実写を用いたり、雨で風景がけぶったり、面白い技術を用いながら統一感がそこなわれないのも素晴らしい。
物語は完全にツンデレ同士のラブコメで、苦笑いとともに楽しめる。現代の作品でいうなら『ニセコイ』の一条楽と桐崎千棘のイメージ。


『霧につつまれたハリネズミ』は、擬人化されたハリネズミが、霧の森をさまよい歩く。ひさしぶりに見たが、やはり傑作というしかない。
ノルシュテイン作品内で比べても、表現力が桁違いに段違い。3DCGのなかった1975年において、オーパーツ的な質感表現が楽しめる。
他作品と見比べて凄いのが、切り絵アニメなのに奥行き表現が多いこと。霧というレイヤーで遠景と近景を表現していることをはじめ、左右にわかれていく木々で前進を表現し、巨大な樹木を見あげる場面で立体を使う。
自由自在なカメラワークで舞台を表現しつつ、ハリネズミの動きはコミカルで愛らしい。技術力だけの作品なのに、技術におぼれていない。


『話の話』は、まとまりのない断片的なイメージを、狼の子供が横断していく。他が約10分の作品ばかりなのに対して、これだけ約30分。
はっきりした物語がなく、アートアニメらしいといえばそうなのだが、技術におぼれた感じがしないでもなかった。
足踏みミシン、自動車置き場、焼き立てジャガイモ……印象に残るのは狼の子供が出会う出来事ばかり。


『愛しの青いワニ』は、心優しいワニが、花畑で出会ったウシに恋をする物語。ノルシュテインがアニメーターとして参加した人形アニメ
凶悪な外見なのに心優しい男と、美しい女の甘ったるい恋。しかし、そのようなつきあいはつづかないと、まわりは足をひっぱろうとする。
これも典型的なラブコメのパターンで、無理にひねらない素直な良さがあった。結末の痛々しさも、リアルでせつない。


『四季』はチャイコフスキーの音楽にのせて、男女の関係が描かれる。ノルシュテインが助監督の人形アニメ
家族のはじまりからおわりまで、せつない音楽とともに描く、わかりやすい作品。もちろんクオリティは低くないが、作品単独で歴史に残るほどでもないか。
ただ、レースで表現した雪景色は素晴らしい。人形アニメなのに平面的なレイヤーを重ね、左右へ移動しつづける描写は、後の切り絵アニメへつながる表現か。