法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『レ・ミゼラブル』

ひときれのパンを盗んだ罪で、19年間もの重労働をかせられていた主人公ジャン=バルジャン。仮釈放されたが仕事にありつけず、逃亡して名士の立場をえたものの、人助けのため正体を明かして再び逃亡するはめに。
それでも、名士時代に養育をたのまれていた少女コゼットの義父として、主人公は新天地での生活をはじめようとする。しかし因縁をもつ人々と数奇な運命で再会。やがてパリの学生たちが蜂起した革命運動、いわゆる六月暴動に巻きこまれていく。


2012年に公開されたミュージカル映画。小説『ああ無情』そのものではなく、いったんミュージカルで舞台化されたものを原作として、トム=フーパー監督が映画化した。ミュージカルは未見なので、小説との差異がどこまで映画スタッフの意図によるものかはわからない。
今回の映画は、むくわれない人々の悲劇というよりも、何らかの革命をしようとする人々の群像劇だ。革命後の混乱と貧困と抑圧にあえぐ社会と、かつての理想が再燃する予感を描いている。
年月を示す字幕からして、わざわざフランス革命後という説明がつけられている。最初に主人公が怪力を発揮する状況も、倒れた三色旗を起こす場面だ。劇中でも三色旗が印象的に画面へうつりこみつづけ、作品の方向性を示す。そして主人公が義父となるまでの長い年月を冒頭の十数分間ですませ、ほとんどの尺が革命運動に身を投じる若者の群像劇にあてられた。
革命にかかわる人々は、さまざまな温度差で描かれていた。激戦に対して扉を閉ざした民衆や、実家から離れて革命へ身を投じる御曹司、革命家に協力しつつ金をかすめる小悪党、小悪党の娘にして御曹司に恋慕する少女*1、等々の重層的な立場が、群像劇としての面白さを担保する。そうして多様な人々がかかわりながら六月暴動が挫折したからこそ、結末で高らかに謳われる民衆の幻影が気高く映る。


VFXを多用して再現された当時の風景も見事だ。特に冒頭の、巨大艦船を人力で牽引している重労働描写が素晴らしい。1カットで被写体に近づいていくVFXとしてのクオリティと、大量の水をかぶる俳優の熱演がシームレスにつながっていた。
六月暴動の戦闘も、ひとつの街角でしか戦わないため舞台が狭い印象はあったものの、質は悪くない。特に、1発ずつしか撃てない先込め式銃の特性がしっかり描写され、篭城戦の情景が個性的になっていた。


ただ、ミュージカル映画にしたいのかスペクタクル映画にしたいのか、中途半端な印象も残った。
ささいな会話でも俳優をクローズアップしてミュージカルらしく歌わせたかと思えば、六月暴動は細かくカットを割る近代的なアクション演出をしていて俳優も正面から映さない。デフォルメの魅力とリアルの魅力が乖離しており、そこに計算が感じられない。
好みをいえば、リアルな世界観に合う場面にのみ歌わせてほしかった。それでも時代背景から充分にミュージカル映画として成り立つはず。冒頭の重労働で歌っているのは作業歌と解釈できるし、娼婦街や宿屋の場面ならば客引き歌も自然だし、革命に燃える若者たちが歌うのは当然だ。そこまで世界観を保っておけば、結末で理想を謳いあげる幻影が、より際立ったのではないかと思う。

*1:薄幸なサブヒロインに求められる全てを備えており、受け身なコゼットよりも印象に残るキャラクターだった。