法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アルゴ』

1979年、革命のイランから脱出できなかった米国大使館の職員6名は、カナダ大使の住宅にかくまわれていた。
他に多数の職員が人質となっているなか、革命過激派を刺激させないため、武力をつかった救出は不可能だ。
そこでひとりのCIA職員が、SF映画のロケハンにカモフラージュして6名を救出する作戦を思いつく……


実話にもとづく2012年の米国映画。俳優からキャリアを重ねたベン・アフレックが監督し、アカデミー賞作品賞に輝いた。

アルゴ<エクステンデッド・バージョン> [Blu-ray]

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激動するイランのさまざまな情景を忠実に再現しつつ、オーソドックスな救出サスペンスとしてアレンジ。Blu-rayの特典などによると、現実にはもう少し余裕があったところを、手に汗握る物語へと改変している。
兵士から市民まで全てを敵と思わなければならなくなった状況で、どうしても不完全にならざるをえない書類をごまかし、ぎりぎりの綱渡りをつづける。
ほとんど戦闘はないし、VFXも補助的で地味なものばかり。それでもちゃんと画面に緊迫感が満ちていて、バカバカしい作戦とのコントラストが強烈だ。
バカバカしい作戦を実現するにあたって、本国と現地の了解をとりつける群像劇もいいし、現実の映画関係者を巻きこんで嘘の映画発表をする光景も楽しい。


作戦のために選ばれた脚本『アルゴ』が、いかにもアルゴ探検隊のような旅路の物語かと思わせて、どこかイラン革命を思わせる内容なところも興味深い。
SF小説を原作としつつ、中東を思わせる舞台で、国に帰還した主人公が悪を滅ぼすまでの絵コンテが劇中で紹介される。この主人公がイラン革命の指導者ホメイニを連想させるのだ。
映画の冒頭にある、イランが革命にいたる歴史の説明が全体にきいている。まず民主的に選ばれたモサッデク首相が英米の利益を損なうために陰謀で失われ、米英に都合のいいパフラヴィー2世が浪費と秘密警察による弾圧でイラン市民の反感を買い、革命が起こったという流れをコミック調のイラストで説明。カナダ大使邸で6名のひとりも、イラン革命に一定の正当性があることを指摘する。
おかげで米国が一方的な被害者に見えず*1、歴史的な作戦を賞揚する物語なのに単純な米国賛美に見えない。イラン市民が心情を語る描写を省いた映画なのに、その背景が想像できる効果もある。空港で絵コンテを見せられた戦士たちが、どこか映画に共感をいだいているように見えて、米国人が見逃されることの説得力も増す。
イラン側の温度差もところどころに見える。革命過激派がホメイニの意向を超えて動いていることが示唆され、事態が表面化しなければ軟着陸できる期待をもたせる。それが強行策をとらない米国の選択に説得力をもたらし、全体の解決を結末で長々と説明する必要がない。


ちなみに作戦は完全に成功したが、米国への反感を強めて残された人質が傷つかないよう、すべてカナダ単独でおこなったことと発表された。
ここで大統領として作戦の許可を出しながら、後年に明らかにされるまで自身の手柄として語らなかったカーター大統領の誠実さが印象深い。

*1:英国にいたっては原因をつくった過去のみ言及され、人質救出にも特にかかわらず、名誉を回復できるくだりが映画に存在しない。