法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦の強制連行を狭義にとどめない問題意識は、1990年以前から確実に存在していた

軍関与を明らかにした史料が発見されるより前、1990年6月6日の参議院議事録に、従軍慰安婦への言及が存在する。当時の政府が持っていた認識と、問題視する側の意識がうかがえる。
参議院会議録情報 第118回国会 予算委員会 第19号

○政府委員(清水傳雄君) 従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております。

この政府委員による主張は、吉見義明『従軍慰安婦』でも一部が引用されている*1
まず、当時の日本政府が民間業者へ全ての責任を押しつけつつ、政府による調査を拒否していたことがわかる。未調査であるのに民間業者が行っていたと主張していること自体、責任回避を優先した態度ということが明らかだろう。
また、日本政府が狭義の強制連行のみを否定していたのではないことも明らかだ。かつて軍関与全体を否定するような主張を政府が行っていたからこそ、1992年の吉見教授による史料発見報道が重大事として受け止められた。
あたかも日本政府が過去から軍関与を認めていたかのように主張して、歴史研究の価値をおとしめるような言説は、約20年前の歴史すら忘却し歪曲しているのだ。


そして前後を読むとわかるが、この議事録における従軍慰安婦問題は、朝鮮人強制連行という大きな枠組みで未解明な領域の一つとして問われている。
だからこそ政府委員は、国家権力によって動員される状況だけ強制連行と考えると答弁し、先に強制連行を認めた朝鮮人労働者問題と分離しようとしたのだろう。

本岡昭次 強制連行とは、それでは一体何を言うんですか。あなた方の認識では、今国家総動員法というものの中で、それが範疇に入るとか入らないとかと、こう言っておりますが、それでは範疇に入るものは、一体何人あったからそれはどうだとか言うんならわかるんですけれども、すべてやみの中に置いておいて、そういうものはわからぬということでは納得できないじゃないですか。
○政府委員(清水傳雄君) 強制連行、事実上の言葉の問題としてどういう意味内容であるかということは別問題といたしまして、私どもとして考えておりますのは、国家権力によって動員をされる、そういうふうな状況のものを指すと思っています。

強制連行の責任を小さく、つまりは「狭義」でのみ強制連行を考えると先に政府が主張した。ただ、さすがに「事実上の言葉の問題としてどういう意味内容であるかということは別問題」と留保しているが。
対する本岡議員は、企業が現地で募集した場合は強制連行と呼ばないのかと問いただす。

本岡昭次 そうすると、一九三九年から一九四一年までの間、企業が現地へ行って募集したのは強制連行とは言わぬのですか。
○政府委員(清水傳雄君) できる限りの実情の調査は努めたいと存じますけれども、ただ、先ほど申しました従軍慰安婦の関係につきましてのこの実情を明らかにするということは、私どもとしてできかねるんじゃないかと、このように存じます。
本岡昭次 どこまで責任を持ってやろうとしているのか、全然わからへん、わからへんでね、これだけ重大な問題を。だめだ。やる気があるのか。ちょっとこれ責任を持って答弁させてくださいよ、大臣の方で。

「広義」という表現こそ用いてはいないが、意味をせばめて責任回避しようとする政府へ、はっきり本岡議員は釘を刺している。つまり、責任を矮小化しようとする日本政府が「狭義」で考えようとし、批判する側が「広義」で考えるべきだと問いただしていた順序が正しいのだ。
そして議事録の流れを見てのとおり、この段階で主に求められていたのは日本政府による調査だ。狭義の強制連行が存在しないと判明した後に、後付けで広義の強制連行が持ち出されたわけではない。
しかし政府はこうした日本国内からの批判を無視し、従軍慰安婦問題の調査をはっきり拒否した。もちろん、その場しのぎで内向きの批判をかわせても、後々の国際的な批判をかわせはしなかった。もし、本岡議員に提議された段階でしっかり取り組んでいれば、問題が後々まで尾を引くことはなかったかもしれない。


ところで、本岡議員は強制連行について質問する前に、国際人権規約についても激しく問いただしていた。極めて皮肉で愛国的な感情がほとばしった発言として印象深い。

本岡昭次 これは大臣方に聞いていただきたいんですが、予算委員会で昭和六十年十一月六日に私はこのことを質問している。それで当時の安倍外務大臣がこう言っているんですよ。「現在までの本制度の運用状況はおおむね問題はないと考えております。 国会でも附帯決議がございます。承知しておりますが、こうした附帯決議も踏まえまして、今後締結に向けまして積極的に検討してまいりたいと考えております。」。
 それからまた、この参議院の本会議で私の質問に対して、当時の中曽根総理大臣が、「人権B規約等の問題につきましては、アジア地域でB規約選択議定書の締約国は現在のところございません。」ということを言いながら、「国会の附帯決議も踏まえまして、今後締結に向けて努力してまいりたいと思います。」、こういうふうに言っているんですよ。そのときから少しも中身は変わっていない。一体どういうことですかこれ。外務大臣、総理大臣がこういう答弁をやっておきながら。

本岡昭次 検討しておるうちに日が暮れますわ、もう。韓国とフィリピンがこれに加盟したということを知っておられるでしょう、外務大臣

本岡昭次 私は恥ずかしいことだと思うんですよ。アジアの中の指導的立場に立たなければならない日本が検討、検討、検討と日を重ねている上に、フィリピンが加盟する、韓国が加盟する。何で韓国やフィリピンが加入できるものが日本はできないんですか。政治的判断の問題ですよ。

ちなみに、国際人権B規約の選択議定書を日本政府は現在も批准していない。
国際人権規約 | ヒューライツ大阪(一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター)

国際人権規約には、締約国の個人による権利侵害についての通報をこの規約による人権委員会が審議する制度についての「市民的及び政治的権利に関する国際規約の選択議定書(第一選択議定書)」、及びその後1987年に採択された死刑制度廃止を目的とする「市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書」があります。日本政府は、この両選択議定書を批准していないほか、国内法との関係から規約の中のいくつかの点を留保しています。

いずれにせよ、従軍慰安婦問題が俎上にのぼったと同時期に、世界的な人権意識の向上、および韓国の民主化が行われていたことが議事録からもわかる。そうした国際的な動きこそが、従軍慰安婦問題が国際的に問われるようになった真の発端と考えるべきだろう。

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