法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

光市母子殺害事件の死刑確定判決に関連する加害者報道の備忘録

いくつかの報道と対する反応を見て、今回の判決は日本社会が被害者を軽視し続けるという宣言だと私は読み取った。


まず、光市母子殺害事件の報道において、複数の報道機関が被告を実名報道へ切りかえた。
http://www.asahi.com/national/update/0220/TKY201202200258.html*1

【おことわり】朝日新聞はこれまで、犯行時少年だった○○被告について、少年法の趣旨を尊重し、社会復帰の可能性などに配慮して匿名で報道してきました。最高裁判決で死刑が確定する見通しとなったことを受け、実名での報道に切り替えます。国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断からです。本社は2004年、事件当時は少年でも、死刑が確定する場合、原則として実名で報道する方針を決めています。

これは、再審や死刑制度廃止によって恩赦され社会復帰する可能性を考えもしない、という宣言に他ならない。
一方で中日新聞等は匿名報道を続けると宣言した。その説明で端的に朝日新聞等が実名報道へきりかえた論理の問題点を指摘している。
光市母子殺害事件の死刑確定、各新聞社の実名報道の対応とその理由 - Togetter

そもそも少年犯罪に限らない原則として、公人ですらなく、すでに逮捕や拘束をされている被告を実名で報じる意義を私は感じない。第三者が被害者によりそう*2ため重要なのは、加害者の個人情報ではないだろう。


また、被告人の態度……たとえば拘置所でやりとりされた手紙の一件を重視して死刑確定を妥当と見なす主張には、下記の報道を示しておきたい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120220/lcl12022011410001-n1.htm

 名古屋市河村たかし市長は20日、同市役所を表敬訪問した中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、旧日本軍による「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っている」と発言した。

 河村氏は、終戦時に父親が南京市にいたことを挙げて「事件から8年しかたってないのに、南京の人は父に優しくしていただいた」と指摘。「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べた。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110623/chn11062305000001-n2.htm

光市母子殺害事件で問題視された手紙は、拘束された状況で言葉をやりとりできる数少ない相手に限定して、煽られた末に露悪的な表現を用いたものだ*3
表敬訪問した被害国に対し、特に回答を要求されたという情報もないのに、政治家が広く公言したことの重要性は比べるべくもないだろう。
しかし、この主張を行なった河村市長に対して、リコール運動が起こされようとしているといった動きを寡聞にして知らない。
そもそも朝日新聞毎日新聞の記事にあるように、河村市長は以前から同様の主張を続けていた。
http://www.asahi.com/politics/update/0220/NGY201202200003.html

 名古屋市河村たかし市長は20日、姉妹友好都市である中国・南京市の共産党市委員会の常務委員ら一行の表敬訪問を受けた際、1937年の南京大虐殺を取り上げて「一般的な戦闘行為はあったが、南京事件というのはなかったのではないか」と発言した。

 河村氏は理由について、事件後の45年に現地に駐屯した父親が優しくもてなされたことを挙げたという。

 河村氏は09年の9月市議会でも、終戦を南京で迎えた父親の例を挙げて「オヤジは南京で本当に優しくしてもらった。大虐殺があったなら、こんなに優しくしてくれるんだろうか」と語り、「一般的な戦闘行為はあったが、誤解されている」などと発言していた。

http://mainichi.jp/select/today/news/20120220k0000e040165000c.html

 名古屋市河村たかし市長は20日、表敬訪問を受けた同市の姉妹友好都市である中国・南京市の共産党市委員会常務委員らの一行8人に対し、1937年の南京事件について「通常の戦闘行為はあって残念だが、南京事件というのはなかったのではないか」と発言した。

 河村市長は旧日本兵だった父親が南京で45年の終戦を迎え「温かいもてなしを受けた」と話していたことを明かし「8年の間にもしそんなことがあったら、南京の人がなんでそんなに日本の軍隊に優しくしてくれたのか理解できない」などと述べた。

 さらに「真実を明らかにしないと、とげが刺さっているようなものでうまくいかない。一度、討論会を南京で開いてほしい」と求めた。

 南京事件を巡り河村市長は09年9月の市議会一般質問でも「一般的な戦闘行為はあったが、誤解されて伝わっているのではないか」と述べたことがある。

 また、名古屋市北区名城の国家公務員宿舎跡地の中国総領事館への売却問題でも、南京市の一行に対し「できれば遠慮していただきたい」と述べ、売却に否定的な見解を示した。【福島祥】

2009年の市議会だけでなく、2006年でも公に用いている。
河村たかし議員(民主)の質問主意書 - Apeman’s diary
日本社会が真に加害者の態度を問題視するのであれば、河村氏は政治家を続けられるはずがなかった。
むろん名古屋市民だけの問題でもない。河村市長の発言を報じる記事において、各報道機関は批判的な評価を積極的に行っていないし、産経新聞記事にいたっては共産党陰謀論を主張する自社記事へリンクしている。
そして、こうした戦争犯罪を否認する有力政治家は枚挙にいとまない。被害者の恩をふみにじる加害者を、日本社会は広く堂々と支持している。刑事弁護人のように必要な仕事として求められているわけでもないのに、より大規模かつ積極的に。


加害者を重い罪に問おうと積極的に社会が動くのは、第三者的にふるまえる場合のみ。社会を構成する一人一人が当事者性を問われる場合は、被害の存在を積極的に否認して恥じることはない。
むろん、上述の評価は、一時の報道から切り取った一面的な傾向ではある。こうしたふるまいは日本社会に限ったことでもない。ただ、普遍的な問題が表出しながら、それらに抗するだけの批判が社会に見られないことも確かだ。

*1:実名と思われる部分を「○○」へさしかえた。

*2:むろん、被害者や遺族の感情を想像して安易に同調することは、よりそうこととは違う。

*3:似た状況で冤罪が起きたことすらある。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080307/1204929027