法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

想像以上に秦郁彦説を理解していないらしい

コメント欄でやりとりしてみると、想像以上にひどかった。
南京事件否定論と中国共産党主張は同等の偽史ではない - 法華狼の日記*1
まず前後するが、私がいつどこでthermalpaper氏を南京事件否定論者と呼んだかと質問した。対する回答が、筋違いにもほどがある。

thermalpaper 2009/12/08 00:53

それ以外に、私がthermalpaperさんを南京事件否定論者と主張したかのように誤解できる部分は見当たりません。藁人形論法でないならば、きちんと根拠を示してください。

とのことですが、本当にそうでしょうか?
ブクマコメントで大変申し訳ありませんが、

D_Amon 南京事件, 歴史修正主義 (おそらく無自覚に歴史修正主義の手口に引っかかり)否定派に史実派と同等の論があると思い込み結果的に歴史修正主義に与する「懐疑論者」の一例について。呆れるくらいありふれているが指摘し続けることは重要と思う 2009/11/29
tamo_gami 信者コメ凸 元記事のコメ欄のJSF信者同士のやりとりを見てると、基本的に南京事件否定論者だがまともに論戦したら負けるので本格的な論争を避けようとする”戦略的な態度”が見受けられますにゃあ 2009/11/29
とのご意見もあるようで。

・・・所詮ブクマコメントですが、バッチリ誤解してますね。

私は「私が」「主張したかのように誤解できる部分」を求めたのであって、誤解しているかのような他人のコメントを引用しても全く意味がない。
しかも、D_Amon氏は「歴史修正主義」に「与する」と書いている。南京事件否定論者どころか、単純な歴史修正主義者そのものですらないという、かなり抑制されたコメントだ。また、tamo_gami氏は「元記事のコメ欄のJSF信者同士のやりとり」に対して「見受けられます」とコメントしているのであって、私の記術とは何の関係もない。


何より、中国共産党主張における犠牲者は「民間人」と表現した件について、説明が釈明として成り立っていない。

以下は、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館に掲げられた有名な前書きを抜粋したものです。

12月13日、日本軍は南京を占領したあと、公然と国際公法に違反して、武器を手放した兵士と身に寸鉄も帯びない平民たちを大量虐殺した。
その期間は六週間にもわたり、犠牲者総数は30万人以上にも達した。
その期間に、南京の三分の一の建物が破壊され、市内で起こった強姦輪姦などの暴行は二万件以上にのぼり、数多くの国家財産と個人財産が略奪され、文化の古都は空前の災禍に見舞われ、南京城は人間地獄と化してしまった。

この前文を見る限り、確かに犠牲者に兵士も含まれていますが、それは武装解除した兵士であるというのが中国側の主張のようです。
また上記前文の定義によれば、期間は南京攻略完了後の6週間以内、範囲は南京城市街地、犠牲者は30万人以上、行為者は日本軍ということのようです。

まず明らかに勘違いしている。「市内で起こった」とされているのは「強姦輪姦」であり、犠牲の全てが「南京市街地」で起きたものという記述ではない。

この辺りは、極東軍事裁判で定義された南京事件の範囲の内、犠牲者数を除けば範囲、期間共に最低限度に納めている、と見ることができるでしょう。

だが実際には、極東軍事裁判で南京暴虐事件として裁かれた時に線引きされた「範囲」と、中国共産党主張には、ほとんど違いがない*2
ここで1948年12月12日に朝日新聞が掲載した判決文要旨を引用してみよう。日本国内で一般人が最初に事件を知った程度をもうかがわせる内容となっている。

占領後の一ヶ月の間に約二万の強カン事件が発生し、男子に対する大量殺人は、中国兵が軍服を脱ぎ捨てて住民のなかに混じり込んでいるという口実でおこなわれ、兵役年齢にあった中国人男子二万人がこうして死んだほかに捕虜三万人以上が殺された。後日の見積もりによれば、日本軍が占領してから最初の六週間に南京とその周辺で殺された一般人と捕虜の総数は二〇万人以上であった。

……つまりthermalpaper氏の錯誤は、南京事件各論で争っている「範囲」が時間と空間だけ、という思い込みにある。具体的には、「捕虜」への無裁判処刑のみを虐殺として扱うか、「武器を手放した」つまり投降兵等の殺傷まで虐殺として把握するか、という差違だ。
秦郁彦説を比較的に支持しているというならば、少なくとも中国共産党主張の犠牲者数が30万人説である理由はわかるはずだと思うが。

まあ、武装解除した兵士という主張について、それを「民間人に準ずる者を虐殺した(だから日本軍は非道だ)と主張している」と読むのか、ただ単に「30万人という数字には軍人も含まれていると主張している」と読むのか、どちらが上記の前書きの執筆者の意図に近いかは言うまでもないでしょう。

いや「武装解除した兵士」を「民間人に準ずる」とは呼ばないだろう普通に考えて。
自分で「兵士」と「平民」をわざわざ区別している中国側の文章を引用しておきながら、区別せずに表現することが「執筆者の意図に近い」と本気で考えているらしいのが不思議でならない。
何より、南京事件が持つ固有性を考慮するならば、兵士に対する虐殺事件は特筆すべき面が大きく、民間人に対する虐殺と混ぜて論じるべきではない。わざわざ説明する必要もないが、組織の規律として見ると、民間人に対する虐殺より深刻な面もある。

*1:以下、断りのない引用は全てコメント欄から。また、引用時に引用符を引用枠へ変更した。

*2:松井石根大将を個別に裁いた時の被害認定は少し異なる。