法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ファッションが自由であるようにフィクションも自由であるべきだ

色々と考えたことを長文で書こうと思っていたが、エントリタイトルで言い終えてしまった。


しかし、何だか考えていたことと全く違う方向にこじれてしまっているのが、不思議でならない。
ファッションもフィクションも似たような立場のはずだろう。
「エッチなファッションを見てムラムラしてやった。男は獣だから女は自重するべき」
「エッチなフィクションを見てムラムラしてやった。読者は馬鹿だから作家は自重するべき」
似たような主張に反論する立場なのだから、むしろ共同歩調を取ってもいいはず。
扇情度と犯罪率の間に相関が見られないこと等でもファッションとフィクションは似ているのだし、反論の内容でも共通するところが多いのではないか。
しかし、はてなブックマークで複数の意見を追ってみても、さっぱり流れが読めない。本題とは関係ないが、「ホットなセクションだから村々してやった」という文章が脳裏に浮かんだ。


なお念のため書いておくと、犯罪を誘発することとは別個にファッションやフィクションの扇情度は議論の対象となりうるだろう。
たとえば現在でも、性器を露出するファッションで公道を歩いたりすれば、法律で裁かれることもある。同じように、明らかなフィクションであっても、ゾーニング等の議論はなされてしかるべきだろう。