法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

トランスジェンダーを奇妙なブームあつかいする書籍の翻訳出版をKADOKAWAが中止したことについては、どのような主張でも充分な情報のアクセスと議論をへて妥当性を決めていくべきとは思うけれども

 発売前に発表されていた宣伝文句などもふくめて、おそらく情報は「ITmedia NEWS」が最もまとまっている。
KADOKAWA、トランスジェンダーに関する書籍を発行中止 SNSで議論や批判 - ITmedia NEWS

 日本版書籍の紹介には「差別には反対。でも、この残酷な事実(ファクト)を無視できる? ジェンダー医療を望む英国少女が10年で4400%増! 米国大学生の40%がLGBTQ!」「幼少期に性別違和がなかった少女たちが、思春期に突然“性転換”する奇妙なブーム」「学校、インフルエンサー、セラピスト、医療、政府までもが推進し、異論を唱えれば医学・科学界の国際的権威さえキャンセルされ失職。これは日本の近未来?」「これは、ジェンダー思想(イデオロギー)に身も心も奪われた少女に送る、母たちからの愛の手紙(ラブレター)」などと書かれていた。

 KADOKAWAには、刊行の告知直後から、多くの人からその内容と刊行の是非について様々な意見が寄せられたという。「ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」と謝罪し、「編集部としてこのテーマについて知見を積み重ねてまいります」と述べている。

 この出版停止に対して、どのように誤った情報であっても、アクセスできるようにしなければ議論をへて誤りであると評価することはできないという批判があるようだ。


 その論点について、英語圏のコミックにくわしくて当該書籍への反論にも目をとおしたという編集者の「ラジアク@bigfire_tada」氏による指摘が納得感あった。


原書が既に存在し、さらに既に出版されている国で当事者、医療従事者、研究者たちによる本の内容への反論や、本の中で書かれているデマや内容の危険性の指摘がとてつもない量存在する書籍に対し「発売中止になったので議論もできないじゃないか」という人が出てくるの、もう完全に無茶苦茶だなと感じる


僕が最も危険だと思っているのは、誤謬・デマが多いと批判されているこの本のみが日本語でアクセスできるようになり、それに対するこういった現地の当事者や専門家、研究者たちからの誤謬への批判、煽動的デマへの指摘が日本語圏で空白地帯になることの非対称性だ

 たしかに、すでに議論をへて一定の位置づけがされた書籍を、単独で翻訳して大々的に出版した時、相対的にアクセスしづらい情報が存在している。蓄積された議論という情報が。
 たとえば過去に出版された書籍を読んで珍しい証言を見つけた時、位置づけがわからないことがある。同時代に気づかれなかっただけか、それとも信頼できない証言として無視される状況にあったのか、よく知らない立場からは当時の文脈が判断しづらい。
 論争があったことが明らかであれば、それに同意しないまでも内容に反映してこそ議論を進めることになるはずだ。


 当該書籍の情報を出版前にわたされていたという人々を見ても、出版側が蓄積された議論を重視したいようには感じられない。

 過去に多くの反論がなされて棄却された主張を、議論の蓄積を無視して新たな意見であるかのようにもちだす問題は、トランスジェンダーにかぎったことではない。
 多くの反論がされている書籍を、これから議論すべき新しい意見のように翻訳して提示するのであれば、本当に議論を深めたい意図があったとしても、実際は深まった議論を浅瀬にひきもどすことにしかならない。
 KADOKAWAが議論を深めるため出版しようと考えていたのであれば、せめてさまざまな反論があることを注釈や解説のようなかたちで付記するべきだったのではないだろうか。