法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『佐武と市捕物控』第7話 涙の逆手斬り/第8話 魔の当りくじ

まず、第7話が第1話に勝るとも劣らない出来。
状況説明しないままの暗殺劇が冒頭からくりひろげられ、段取り臭さを避けつつ興味を引きつける。この暗殺描写は、暗殺者の一人称映像が多用され、視聴者は被害者の哀れな姿を正面から見ることとなる。暗殺の迫真性を出しつつ、暗殺者の正体を隠す効果があるわけだ。そして一人称映像を演出するため、簡単で使い回しが多いものの、背景動画が用いられている。アニメでは面倒で滅多に用いられないため、手前から奥へ移動するカットの多用は現代でも新鮮だ。
日常描写に入っても、縦にカメラを振る、いわゆる縦パンが俯瞰で多用され、客観性が高く現実味ある映像を作り出している*1。陰惨さや情緒が目立つ今回の展開が、けして押し付けがましくないのは、この対象と距離を取った映像表現がなされているためだろう。


殺された医者達の師でもある御典医から頼まれ、暗殺劇を探っていく佐武と市は、医者仲間で出世が遅れている一人の医師に目星をつける。その医師は暗殺が行えるほど腕が立つものの、貧しい者のため医療をほどこしており、とても残酷な暗殺者とは思えない。さらにその医師は市の盲目が手術で直るといい*2、無料でほどこしてくれることとなった。ここで恐縮する市に、研究にも役立つのだと医師が笑う。単純な聖人君子ではないと同時に、相手の気持ちをおもんばかれる性格の深さ、そして手術に必要という貴重な氷を幕府に働きかけて持ち出せる背景まで暗示する、良い描写だ。そして文句をつけられないほどの善人だからこそ、裏がある可能性を思わせ、暗殺者ではないかという疑いを残す。主人公の恩人を斬らなければならないという劇的な展開も、この医師が犯人ではないかと期待させる。
一方、師につかえている助手は、あからさまに登場時から怪しいのだが*3、佐武はしばらく気にとめない。つまり、視聴者だけが犯人に気づいている典型ではないかという可能性を思わせる。
善人らしい者が真犯人か、悪人らしい者が真犯人か……二種類の犯罪者像にしぼられるため、逆に見ている側は最後まで真相を決めかねてしまう。
しかも軽くネタバレをするが、中盤で善良な医師が暗殺未遂にあった時、暗殺が複数で行われていることが明かされる。冒頭で一人称映像が多用され、ほとんど暗殺者の姿を見せなかったのはこのためだったのだ。複数犯であるため、自作自演の可能性も残される。


ある人物が暗殺者に代金を払う姿を終盤で佐武が目撃しても、視聴者は単純に受け取ることはできない。
むろん佐武は代金を払った人物を問い詰めに向かい、物語は真相に向かってなだれこんでいく。
偉大な人物に隠されていた愚かさ、悪人かと思えた人物が見せる矜持。そして安静にしなければ二度と視力が回復しない市も、佐武を助けに向かう……最後の最後まで状況は変転を続ける。
推理物としても充分に真犯人の動機や手口の伏線がはられ、主題と物語も融合していた。


佐武と市は中盤と終盤の二度、暗殺者と戦う。佐武の戦いは、以前の回から使い回した作画が多く、少し残念だ。
しかし通常は圧倒的な強さを誇る市の、手術を受けたがため技量を発揮できない姿は、状況の切迫感を盛り上げる。続いて光を一瞬だけ見る市の、覚悟と感情のほとばしりも素晴らしい。
そして真犯人と切り結ぶ市の姿が、静止して回り込みながら描かれる。映画『マトリックス』のブリット・タイムにいたる日本アニメの特徴的な表現が、すでにここで使われていた。回り込むタイミング、人物のフォルムも文句無し、目を引く作画だ。


残酷で、いくつもの大切なものが失われる物語だが、結末はさわやか。ふれる余裕がなかったが、目が見えるようになった後の日々を市が夢想する映像も、失明した子供時代の風景なためか、郷愁あふれる良い絵作りがなされている。
物語が良いし、演出は斬新*4だし、作画も素晴らしい。三拍子そろった傑作だ。
市を傷つけた馬が出てくることから考えて、『WEBアニメスタイル』の下記ページで言及されている良作画回かと思ったが、読み返してみると直前に別の方向から第7話に言及しているところや演出家が異なることから考えて違うか。
WEBアニメスタイル_特別企画
ともかく、時代性を考慮しないとつらい面はあるかもしれないが、作画が良かったことは間違いない。今回の無料配信は終わったが、機会があれば見返しておきたい一本。


第8話はスタジオゼロが担当した回。
虫プロ担当回より出来が一段落ちるとよくいわれているが、水墨画調の背景画や、歴史的事件を題材にしたとおぼしき展開など、時代劇らしさは上だったりする。実際に今回の話も時代劇で典型的な、最高で千両という高額配当の富くじをめぐる連続殺人事件。くじ番号でゲンをかつぐあたりも、当時の感覚が出ている。
作画で不安定さも見受けられるが、門を実写で処理していたり、映像的な実験性も高い。


貧しい者達が殺された事件を捜査した佐武は、一見無関係な被害者が、高額配当籤を得ていたことに気づく。
第7話の感想でふれた、視聴者だけが犯人に気づいている典型例。推理物としては簡単に先が見えてしまう。しかし連続TVシリーズの類いでは毎回ひねるより、筋の複雑な話と簡単な話を混ぜた方が効果的だったりするので許せてしまう。


両親を残酷に殺された幼児の涙を見せることなく、その無垢な強さで黒幕に対峙させながら、今後の厳しい将来を暗示する、抑制された描写にも感心した。

*1:俯瞰が客観、煽りが主観という映像演出の話は語り出すと長く面倒なので、省略させてもらう。

*2:ここで蝋燭の光が市にあてられ、立体感のある影を作り出す。時代性を考えると、この面で影を取った作画は相当に技術力が高い。

*3:顔に傷痕がある点など、古典的な悪人の外見だ。

*4:数十年前の作品ということを考えると、正確な表現とはいいがたいと思うが……