法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ちくわ氏の思うダブルスタンダード

http://www.tikuwa.com/index2.html*1

ひょっとして、ダブルスタンダードって言葉も、その意味も知らないんじゃ……!? なんて思い始めてきた最近。

ダブルスタンダードつまり二重基準については、回答をもらっていない件があるのだが。
なるほど、適切な引用をしないのは、読者が引用元と見比べないことを期待してなのか - 法華狼の日記

それにしても、ずっと「批評」「引用」云々をこだわっていたのは、ちくわ氏だったと思うのだが……

たとえば、太字強調が「引用の改変で引用元の作者に失礼」などと言い出したのが誰か、それを反論されたら「釣りの自覚はあった」などと言い出したのは誰か、思い出してはいかがだろうか*2。

しかも「釣り」だったなら、相手が話題に乗ってくるよう狙ったと解釈するのが普通だろう。それでいざ相手が返事を始めたら「論点をズラすのが大好きな人」などと言い出すのは、ずいぶんと非常識だ。

なお、自身で釣り宣言しながら「実は“釣りでした”とか勘弁して欲しい」という二重基準は呆れたが、釣り宣言は“反論する知性はないが言い返したい”という告白なので、その気になれないと伝えておく。

二重基準そのものより、後からの釣り宣言という恥ずかしい態度への批判が強い。しかし、この「釣り」をめぐる二重基準な態度への批判は、何度も言及したエントリだ。
そもそも、ちくわ氏が以前に「ダブルスタンダード」と主張した文章からして見当外れだった*2

 それをダブルスタンダードと認識するならそれはそれで結構だけど、その場合、その言葉は法華大先生自身にも向くワケですが、当然そこは理解したうえで、オレが『世界日報』の記事を引用批判した事を批判されたんですよね?

 つまり、自身の引用が正しいと論じるなら、オレの引用批判は否定出来ない。
 オレの引用批判が正しくないと論じるなら、自身の引用も否定しなければならない。

ダブルスタンダードという指摘は、ちくわ氏自身が主張した引用基準と行動が矛盾しているという主張だ。もちろん「正しい」「正しくない」という論とは独立している。
ちくわ氏の発言がダブルスタンダードになることはあっても、私の発言がダブルスタンダードになることはまずありえない。引用形式の話を持ち出したのは明らかにちくわ氏であり、私はそれを受けてきただけだからだ*3
つまり、ちくわ氏こそダブルスタンダードの意味を理解していないのだ。

*1:2008年11月6日の記述。ちくわ氏の他発言も原則的に同サイトから引用。

*2:2008年10月7日の記述。

*3:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080501/1209680167で初めてちくわ氏へ言及した時、引用基準の話は何もしていない。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080508/1210206819で、ちくわ氏から引用批評云々の話をされて返答したのが最初だ。