法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒 Season18』第11話 ブラックアウト

年末のゴルフ場で開かれた親睦コンペに、特命係も参加していた。そこには警備会社を経営する警察OBの蓮見恭一郎や、その息子で三課の出世頭の姿もあった。
ゴルフが終わり、杉下や蓮見が地下駐車場に降りた時、突然の爆発で出入り口が全てふさがれる。それは収監されている組長や仲間の釈放をせまる暴力団員のしわざだったが……


テレビ朝日開局60周年記念 元日スペシャル」として2時間超にわたって放映。海底トンネルに閉じこめられる映画『デイライト』*1を連想させるクライムパニックを、きちんとした絵作りで展開した。
何よりも舞台となる地下駐車場の崩落をきちんと作りこんで、一般向けTVドラマとは思えないほど照明を落として暗闇を演出。照明になるのは電線の火花や自動車のライトなど、埋まった地下にあるものだけ。
単純に閉じこめられるだけなら救出して終わりになるところ、毒ガスを発生させる薬剤がもれたり、そもそもが脅迫のための大事件だったりして、制限された舞台でも状況が変化していく。


さすがに脅迫ひとつに事件が大がかりすぎるかと思えば、暴対法によって生活できなくなった組員の思いがあり、余命半年という立場で動かずにいられなかった心情が語られる。
さらに蓮見が同じような事故に巻きこまれた過去があり、偶然に思えた危機すらも意図的な再現とわかっていく。
そこからは『相棒』らしい複数犯の動機がかかわってくるが、ありきたりといっていい復讐もあっさり流して、組員ともども他者の感情を利用した謎めいた真犯人が全てを制御していたという展開に。
組員の怒りは組長にさとされ、復讐心は煽られただけで、すべては利益目的の冷徹な犯人が起こした事件だった……とまとめるのは、後に残らない娯楽にするなら正解だし、結果的にせよ死者を出さず巨悪をあばいて大金をかすめとるキャラクターには愉快犯的な魅力がある。


実のところ、その真犯人には共犯の復讐者がいたというツイストも入るのだが、こちらはドラマの当初から予想したとおりだった。その復讐心の発露も、いかにも刑事ドラマらしい平凡さで、悪くはないが良くもない。
過去の被害者となった路上アーティストの位置づけもよくわからない。現在では依頼を受けて許可をとって絵を描く例もあるが、そうした美術家の卵を描いているのか、公共物をキャンバスにするチョイ悪にも夢見て生きる権利はあるという話なのか、どちらで解釈すべきなのだろうか。
いきなり動き出す無人の遊園地という演出も、オーソドックスな良さこそあるが、誰が何のために動かしているのか説明がまったくなく、絵作り優先が鼻につく。
いっそ地下に閉じこめられた時間をもっと長くして、第二の復讐者は先に逮捕して、冷徹で利己的な真犯人との対決で物語を終えてほしかったかな、という感想。

*1:途中で毒ガスがもれるあたり、元ネタのひとつなのかもしれない。 『デイライト』 - 法華狼の日記

話数単位で選ぶ、2019年TVアニメ10選

「話数単位で選ぶ、2019年TVアニメ10選」参加サイト一覧: 新米小僧の見習日記
まず各話を先にまとめて、細かい感想は後で。

ドラえもん』大パニック!のび太のヒマワリ日記/けん銃王コンテスト(伊藤公志脚本、パクキョンスンコンテ、腰繁男演出、中本和樹/吉田誠作画監督清水東脚本、山口晋コンテ、大島克也演出、丸山宏一/吉田誠作画監督
ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』第28話 今にも落ちて来そうな空の下で(小林靖子脚本、髙橋秀弥コンテ演出、石本峻一/田中春香総作画監督、岩崎安利アクションディレクター、石本峻一/田中春香/津曲大介/横山謙次/森田莉奈作画監督
『私に天使が舞い降りた!』第12話 天使のまなざし(山田由香/平牧大輔脚本、平牧大輔コンテ演出、中川洋未/菊永千里/菊池政芳/海保仁美総作画監督、山野雅明/松浦麻衣/渥美智也/中島大智/武藤 幹/小田景門/市原圭子/板倉 健/矢野桃子/中野裕紀/山崎 淳/Seo Seung Hye/Lee Juhyeou作画監督
『可愛ければ変態でも好きになってくれますか? ショートアニメ「変好き▽」 』8話(いまざきいつき脚本コンテ演出作画)
『ひもてはうす』7話 祈りのように続く旅(曽我勇志脚本、湊未来コンテ演出)
コップクラフト』#7 GIRLS ON ICE(賀東招二脚本、板垣伸コンテ、播摩優演出、内田利明/小林大地/吉田智裕作画監督
『ありふれた職業で世界最強』Episode.10 女神の剣(佐藤勝一/𠮷本欣司脚本、友田政晴コンテ、土屋浩幸演出、臼田美夫/田仲マイケル作画監督
炎炎ノ消防隊』第参話 消防官新人大会(冨田頼子/蓜島岳斗脚本、寺東克己コンテ、伊藤秀弥演出、高橋敦子/馬場一樹/藤本真由/本多弘幸作画監督
『ぬるぺた』第6話 お姉ちゃんかき氷のシロップなに派?(はと脚本、能田健太コンテ演出、薮本陽輔作画監督
兄に付ける薬はない!3-快把我哥帯走3-』EPISODE10 班長的資格(ラレコ脚本監督)

埋もれたエピソードをほりおこすという企画の理念にそって、1作品1話数というかたちで選出。

ドラえもん』大パニック!のび太のヒマワリ日記/けん銃王コンテスト(伊藤公志脚本、パクキョンスンコンテ、腰繁男演出、中本和樹/吉田誠作画監督清水東脚本、山口晋コンテ、大島克也演出、丸山宏一/吉田誠作画監督

植物を育てるオリジナルストーリーで感動展開かと思わせてからのパニックが始まる前編。アクション性の高い初期原作を見事な作画技術で映像化しつつ、後に完成した設定とすりあわせた後編。
『ドラえもん』大パニック!のび太のヒマワリ日記/けん銃王コンテスト - 法華狼の日記
どちらも文句なく完成度が高く、かつ異なるエピソードを放映するTVアニメならではのジャンルの幅があった。ベテラン演出家がデジタル撮影技術を活用した演出の妙と、アニメーター出身演出家のカット割りの巧さなどの対比も楽しめる。
ちなみに例年はハイレベルな作画演出をくりだしていた誕生日SPだが、今年は背景美術こそ印象的で全編よく動いてはいたものの、通常回と比べての飛躍が期待より低かった。
『ドラえもん』未来の迷宮(ラビリンス) おかし城(キャッスル)/謎のピラミッド!?エジプト大冒険 - 法華狼の日記

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』第28話 今にも落ちて来そうな空の下で(小林靖子脚本、髙橋秀弥コンテ演出、石本峻一/田中春香総作画監督、岩崎安利アクションディレクター、石本峻一/田中春香/津曲大介/横山謙次/森田莉奈作画監督

田中宏紀作画監督による敵側頂上決戦の第27話を受けて、謎めいたラスボスの正体に主人公陣営が肉迫するエピソード。過程をとばして都合の良い結果だけを求めるマフィアボスの能力に、過去を再現する能力をもった主人公陣営の元警官が近づくという対比がいい。
基本的にはアレンジの少ないアニメ化だが、頁数が少なくて運命に押し流されるように駆け足気味だった原作と比べて、やや時間経過がていねいなところが印象的。物語がひとつの「終わり」に向かう緊迫感を増すと同時に、過程を踏む大切さというテーマを原作よりも明確に強調した。
ここで描かれたのは自己犠牲の美しさではない。地道に調べることの大切さ、かすかな手がかりを守ることを賞賛して、弱者を踏みつける邪悪はそうした路傍の石につまづくという信念を描いたのだ。

『私に天使が舞い降りた!』第12話 天使のまなざし(山田由香/平牧大輔脚本、平牧大輔コンテ演出、中川洋未/菊永千里/菊池政芳/海保仁美総作画監督、山野雅明/松浦麻衣/渥美智也/中島大智/武藤 幹/小田景門/市原圭子/板倉 健/矢野桃子/中野裕紀/山崎 淳/Seo Seung Hye/Lee Juhyeou作画監督

本筋の年齢差百合は、あまりにも加害性や搾取性に無頓着で、同世代同士の関係しか安心できなかった。星野みやこの相手は松本香子がふさわしいと本気で思ったくらいである。

いやさすがに無理かな……
とはいえ、だからこそ子供たちのミュージカルでほぼ全編描き切った最終回は、期待しない角度で良かったし描かれるドラマに安心もできた。もちろん劇中劇そのものの完成度の高さあっての評価だが……

『可愛ければ変態でも好きになってくれますか? ショートアニメ「変好き▽」 』8話(いまざきいつき脚本コンテ演出作画)

日本の商業アニメ媒体で、変則的にとはいえカートゥーンらしいアニメーションを楽しめるとは思わなかったし、純粋に映像として楽しかった。
作中アニメを抜き出してショートアニメとして公開するという形態が、同じように制作素材を公式公開する流れにつながりそうな期待も持てた。

『ひもてはうす』7話 祈りのように続く旅(曽我勇志脚本、湊未来コンテ演出)

声優のアドリブを作品に反映する手法の3DCGアニメの最新版。
今回は劇中で遊んだ百合百合人生ゲームに意外な良さがあった。ゲームとしては単調なすごろくで、コマが進んだ場所ごとに百合作品のお約束を演じるだけなのだが、途中でヨーロッパに舞台を移すという選択肢を出したのが面白い。
セクシャルマイノリティの権利を広げていく社会を謳歌する組と、現代日本に残って偏見と差別に苦しむ組を、それぞれのイベントを淡々と描くだけで、対比ギャグが完成する。笑えて泣ける風刺として切れ味鋭く、かつ百合作品としての密度も濃い。
まさかこんな角度からマイノリティのリアルな苦しみを描いて、デモのような社会運動を楽しく肯定するアニメを成立させられるとは思わなかった。

コップクラフト』#7 GIRLS ON ICE(賀東招二脚本、板垣伸コンテ、播摩優演出、内田利明/小林大地/吉田智裕作画監督

原作者の脚本によるアニメオリジナルストーリー。異世界とつながった現代社会の刑事ドラマで、日常に生きる人々を写真に残す。
フェイクドキュメンタリーアニメ『FLAG』へのアンサーのようなエピソード。新興会社で映像リソースが足りないところ、物語の設定で自然に静止画をとりこんで、静と動のメリハリをつくりだした。おかげで作画枚数が少なくてもアクションシーンが成立し、精細でありつつ色数を抑えた背景美術でムードを盛りあげる。
現代社会の苦しみに、それぞれの妥協と信念でむかいあう異国の少女たちというドラマも印象的だった。作者が後に現実の異国の少女に向けたまなざしを思わずいられないが、だからこそ捨てられないところがある。

『ありふれた職業で世界最強』Episode.10 女神の剣(佐藤勝一/𠮷本欣司脚本、友田政晴コンテ、土屋浩幸演出、臼田美夫/田仲マイケル作画監督

異世界召喚された多数の少年少女のなかでドロップアウトしたひとりを主人公にしたファンタジー。WEB小説ではすでに定着したジャンルであり、すでに『盾の勇者の成り上がり』がTVアニメ化もされている。
基本的には理想や建前を見くだして、冷徹で残酷な世界観をリアルとして描くようなジャンル。しかしこのエピソードは、少年少女を守るべき教職員が、無力さにうちのめされつつ理想を捨てない姿を肯定する。
あくまでアクセントではあるし、こうした教師像もアニメで定着したパターンではあるが*1、OPやEDでもポイントに配置したキャラクターのドラマとして重視されたことも間違いない。

炎炎ノ消防隊』第参話 消防官新人大会(冨田頼子/蓜島岳斗脚本、寺東克己コンテ、伊藤秀弥演出、高橋敦子/馬場一樹/藤本真由/本多弘幸作画監督

京都アニメーション放火事件で放送延期されたエピソード。被害者を追悼する冒頭のテロップを見て、一部変更されたOPを見ながら、苦しくとも放送する意義はあると思った。
www.youtube.com
本編では明るい訓練のさなかに、暗がりから謎めいた敵が潜入し、若者が傷つけられていく。出崎統演出のような止め絵クローズアップで、にらみあう主人公と敵。動けなくとも一歩も退かない意地。そして戦いが終わり、照明が消され、燃えた建造物が闇に落ち、しかし星空が輝く。主人公は自分たちが組織のなかでも孤立しながら、それでもなお歩んでいくべきと知る。
よく動くアクション作画で楽しませるアニメのようでいて*2、動かさない演出を重視したことが印象的。これも新たなTVアニメの方向性をさぐる動きと感じられた。

『ぬるぺた』第6話 お姉ちゃんかき氷のシロップなに派?(はと脚本、能田健太コンテ演出、薮本陽輔作画監督

小さな世界で奇妙な関係の姉妹がおりなすSFショートアニメ。初めて外部の第三者に出会う良い話のように見せかけて、モブにノイズが走る不穏感。
話数から予想されたとおりにストーリーの転換点でありつつも、方向性を急変更することで意外性を出せていた。

兄に付ける薬はない!3-快把我哥帯走3-』EPISODE10 班長的資格(ラレコ脚本監督)

事実上の一党独裁政権がつづく中国の漫画が原作で、子供向けアニメ*3のような生徒会選挙を展開したことが興味深い。
ショートギャグアニメだからこそ徹底的にポピュリズム選挙にはしる主人公が笑える。適当な演説においては熱狂されながら、生活保守的な投票をされて落選するあたり、自然で率直な風刺になっているし、もちろん学園ドラマとしても素直に楽しめる。
何より最後まで眼鏡を外さず、レンズから眼が透けることもない班長が最高。そして悪友たちの最後の会話……「夢見ちゃった奴が入れたんだろ?」……も、ポピュリズムを一部肯定する意外な選挙ネタであると同時に、ほのかな思いを感じさせて良い。

番外:『旗揚!けものみち』第2話 クエスト×魔獣殺し(待田堂子脚本、福元しんいちコンテ演出、栗原学コンテ作画監督、亀山千夏/槙麻里奈/増井良紀作画監督

コメントされたように『ひもてはうす』が厳密には2018年末放送なので、あえて2019年から選ぶならこの話数。
物語のパターンが早々に固定化されてギャグが弱かった作品だが、2話までは主人公の方向性がさだまらずテンポも良かった。アニメオリジナルらしいオークキングが劇中で最も言葉がていねいなところが、声優の演技とあわさったアニメならではのギャグとして楽しい。
主人公とオークキングのプロレスバトルも、同時期の良好な作画アニメと比べて少し違った手法で激しく動いて、興味深く目を引いた。同様の作画演出が以降も多用されるかと期待したが、それがかなわなかったことで逆に話数単位で番外に選出しておきたい。


もちろん他にも、印象的な話数はあまたある。
たとえば、クラスメイトとその指導者コンビが敵コンビと戦う『僕のヒーローアカデミア』第72話。ちょっと主人公のキャラクターについていきづらくなっている作品だからこそ、目線を変えて素直に応援したくなる戦いが楽しめたし、中村豊が参加していないのに打撃表現が作画として面白かったのも印象深い。指導者の能力に隠されていた真価が発揮された反撃も、敵のひとりのバトルジャンキーな性格も、本筋のドラマの重苦しさをふりはらっていて良かった。ただクライマックスで敵コンビが吹き飛ばされるカットだけが迫力不足で、画竜点睛を欠くような印象で選べなかった。
Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』第10話は、このアニメのアクションの位置づけに感じていた不満がない、数少ない話数。普段はドラマやストーリーが進むのはキャラクターの会話によってで、アクションは長々と描写されても結果の勝敗しか物語にかかわらない。そのため良好なアクション作画はただ動いているだけになり、そもそも主人公本人が戦わない設定もその印象に拍車をかける。このドラマとアクションの分離は、ソーシャルゲームに忠実に映像化しようとしすぎた失敗だろう。しかしこの第10話だけは、乱暴に戦いをふっかけて去っていく敵の奇行で主人公陣営が悩まされるという、はげしいアクションを受けてドラマが動いていくかたちで分離が解消された。

*1:コップクラフト』と同じ原作者の『フルメタル・パニック!』の最初のTVアニメ化の時点で存在したし、『機動戦士ガンダムUC』でも短い描写だが印象的だった。

*2:他のエピソードもふくめて、ロングショットでキャラクター作画を無理に描きこまないという方針をつらぬいているのも好感をもてた。拡大作画は適宜用いているとは思うが、きちんと引き算された画面は見やすさがある。

*3:プリキュア』シリーズでは定期的に描かれ、作品ごとの違いが興味深い。『スター☆トゥインクルプリキュア』第35話 ひかるが生徒会長!?キラやば選挙バトル☆ - 法華狼の日記

庵野秀明監督が実写版『キューティーハニー』を撮っていたころ、山賀博之監督は『まほろまてぃっく』を作っていた

一時代を築いたスタッフが抜けてカラーやトリガーといった新会社をつくり、のれんをわけるようにガイナックスの名前をつかう小さな会社も乱立して、数年がたつ。
そして、ほとんど名前しか残っていないガイナックスの新社長に就任したばかりの男性が、今月頭に逮捕された。容疑段階とはいえ、ひどい性的加害と思わざるをえない内容*1が報じられている。
www.jiji.com
多くの報道でアニメ企画・制作会社と紹介されているものの、この新社長が就任してからは、まとまったアニメ作品は発表されていない。
それもあってか、会社が過去に手がけて最も有名だった作品名『新世紀エヴァンゲリオン』の名前が報道によく使われている。


そこで別会社をたちあげてシリーズ新作をつくっている庵野監督が、作品は現在のガイナックスと無関係と強調する文章を寄稿していた。
diamond.jp
新世紀エヴァンゲリオン』を中心に、もともと監督は他社で制作するつもりだったこと、監督にたのんで制作したガイナックスは出資はしていなかったこと、それでもTV版が大ヒットしたことで会社はたてなおせたものの放漫経営がつづいたことなど、庵野監督の視点で赤裸々につづられている。

経営が傾いて「来月にはショートする」と毎月のように言われるようになりました。2003年から2004年頃だったと思います。そうなってはじめて僕も取締役らしいことをしようと社内状況を書類や数字で確認したのですが、その内容には大変驚きました。

何度目かの危機にあったガイナックスの経営は、取引先の大手企業2社からの増資と『エヴァ』のパチンコ化による収入で2004年に持ち直します。持ち直すとまた浪費癖が出てきます。経営陣は、将来性が見えない事業を始めたり、無理して継続させているような事業を凍結もせずに押し進めたりしていました。

ここで取締役としてさまざまな意見をあげたが聞き入れられず、2006年に新会社カラーをたちあげて『新劇場版ヱヴァンゲリヲン』シリーズの制作を始めたという。ガイナックスの内部事情として、興味深く重要な資料であることは間違いない。


ただ少し気になるのが、2003年ごろから2007年に退職するまで、庵野監督が何を作っていたのかということ。
思い出されるのが永井豪の漫画を実写映画化した『キューティーハニー』だ。主題歌をカバーした倖田來未こそブレイクしたが、数年かけて制作しながら興収はふるわず、製作会社のトワーニは倒産してしまった。

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同時にOVA『Re:キューティーハニー』の総監督もつとめたが、これはかつてTVアニメ化をおこなった東映との共同制作。どちらかといえば、後にトリガーをたちあげるガイナックス若手の仕事という印象が強かった。

Re:キューティーハニー コンパクトBlu-ray

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この時期の庵野監督は『トップをねらえ2!』の4話コンテで話題をさらったりしつつも、他社の『サブマリン707R』OP演出が止め絵の連続だったりして、まとまったアニメの仕事はしていない印象があった。


一方、寡作の脚本家状態だった山賀監督は、2001年に漫画『まほろまてぃっく』をTVアニメ化し、これが監督2作目となる。シリーズ構成も担当して、2期も作られるくらいヒットした。

2期は最終回こそインターネットで不評だったものの、その途中で全く別のオリジナルTVアニメも監督していた。それぞれに庵野監督もOPコンテなどで少し参加していた。

それからの山賀監督はスタッフとしてクレジットされる仕事は少なくなっていったが、2003年前後は収入が見こめるアニメに堅実にかかわっていた印象がある。
そして今年頭には、福島にのれんわけされた会社でTVアニメ『ピアノの森』の2期を監督した。作画は国外だよりで、3DCGの演奏と静止画の群集が目立つものの、情感のある良い作品だったと思う。


もちろん両監督ともに、おおやけにクレジットされていない仕事もある。念のため、ここで語っている仕事量は、あくまで視聴者視点の話にすぎない。
しかしガイナックスの一時期に社長だった経営責任はあるとして、山賀監督がクリエイターに寄生するだけの放漫経営者でしかないかのような反応には首をかしげる
いくら庵野監督が名指しで批判した数少ない人物で、その放漫経営ぶりが具体的に語られているとはいえ、とある漫画の印象に引きずられていやしないだろうか。

アオイホノオ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

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*1:庵野監督の寄稿で、ちゃんと最初に被害者をいたわる言葉がつづられているのが、地味に良かった。

『特集ドラマ ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜』

 自殺の6年前、新聞社の特派員として上海へ来た芥川の、さまざまな階層の中国人との邂逅を断片的に描く。脚本は『カーネーション』の渡辺あや
www.nhk.jp
 松田優作を父にもち、つまりは朝鮮半島にルーツをもつ松田龍平を「ストレンジャー」たる芥川にキャスティングしたところが興味深い。意図的かどうかはわからないが。
 8Kで映像化するにあたって全編を上海ロケしたそうで、たしかに美術セットも衣装も生活感あって見ごたえある。きちんと現地人のメインキャラクターに中国人俳優をキャスティングしているところも良かった。VFXは序盤の建物の奥に見える客船くらいだろうが、見ていて不自然に感じるカットはなかった。


 物語は芥川の著作を原案としつつ、どこまで史実にもとづくのかわからない虚実不確かな語り口で、混沌の上海を描く。描写を断片的にすることで抵抗運動や共産主義を否定せずに登場させて、インチキ予言者の夢をとおして日米開戦も悪夢めいて言及する。劇中で読みかえられる桃太郎*1を聞けば日本の侵略を批判していることは明らかだろう。
 芥川が主に対応するのは男娼の青年。発声ができないが当時の中国では珍しく文章が描ける。筆談をする結果として中国語の会話ができない芥川が直接的なコミュニケーションができる数少ない相手となる。芥川は物乞いの背後に書かれた文章が青年によるものと想像する。よりそい助けあう弱者たち。
 さすがに芥川が抵抗運動へ協力することはないが、良くも悪くも超然として国粋主義からは距離をとり、明治と昭和の境界線にあった一瞬の理想とともに消えた存在のように位置づけている。
 もう少し起承転結やコンセプトが明快な物語が好みだが、ちゃんと刺激のある描写が多くて、場面転換も多くて見ていて飽きなかった。一見の価値はあると思う。

*1:もちろん芥川龍之介の短編『桃太郎』を意識した描写だろう。 www.aozora.gr.jp

『ドラえもん』ネズミ年だよ!ドラえもん/出てくる出てくるお年玉

2019年最後の放映。かつては大晦日のゴールデンタイム2時間SPが恒例だったのに、どんどん枠が縮小され、とうとう通常回の通常枠になってしまった。
2020年1月の放映も11日とやや遅く、せっかくのネズミ年という12年に一度しかないネタを前倒しで消費してしまったのも残念。


「ネズミ年だよ!ドラえもん」は、ドラえもんが嫌いなネズミモチーフがあふれる新年を回避するため秘密道具を出す。いったん強化された恐怖心を押しつけられ、のび太はパニックを起こし……
2007年末の正月SPで「もうすぐネズミ年だよ、ドラえもん」としてアニメ化した短編を、佐藤大脚本と木野雄コンテ演出でリメイク。原作「『スパルタ式にが手こくふく錠』と『にが手タッチバトン』」の時点でふたつの新しい秘密道具をミックスしているところが面白い。
今回は、ためらうドラえもんのび太が「スパルタ式にが手こくふく錠」を飲ませるテンポが良かった。『トップをねらえ!』のバスターマシン3号を思わせるデザインの「銀河はかいばくだん」もマニアックで楽しい。
苦手意識をのび太に押しつけたことで、ドラえもんがネズミと仲良くなるアニメオリジナル描写も良かった。いつもの反動でペットのようにかわいがり、野比玉子に捨てるよう命じられるほど。
しかし、いくら苦手意識を強めたといっても、「中学生」などの「ちゅう」という音声だけでパニックになる展開には無理を感じた。原作通りネズミ顔やペットを登場させるだけで良かったのでは。


「出てくる出てくるお年玉」は、お年玉が周囲よりも少ないことになげくのび太のため、さまざまな理由でお年玉をもたらす秘密道具をドラえもんが出す。しかしその秘密道具は条件が厳しく……
同名の短編が原作で、意外なことに2005年以降で初のアニメ化らしい。伊藤公志脚本で、原作の構成はそのままに、秘密道具の設定にそって応用を増やしていく。
のび太の選ぶお年玉ぶくろが裏目に出つづけるギャグは原作通りだが、同行するドラえもんが「まつ」を持ちつづけてトラブルに巻きこまれるたびにお年玉をもらえるコントラストが楽しい。
しかし原作を幼少期に読んだ時は気づかなかったが、痛みへの慰めでお年玉が出る「まつ」の最高記録が半年入院して1万円少しというのは、現代の生命保険にも負ける*1。もっとも記録を目指したチャレンジ的なものだったかもしれないし、未来社会であれば治療費は不要なのかもしれないが……いや、ほとんど万能の治療道具がある未来で半年入院というのも、考えてみるととんでもない状況か。

*1:原作では千円台なので、今回のアニメはこれでも増額されている。