法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『特集ドラマ ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜』

 自殺の6年前、新聞社の特派員として上海へ来た芥川の、さまざまな階層の中国人との邂逅を断片的に描く。脚本は『カーネーション』の渡辺あや
www.nhk.jp
 松田優作を父にもち、つまりは朝鮮半島にルーツをもつ松田龍平を「ストレンジャー」たる芥川にキャスティングしたところが興味深い。意図的かどうかはわからないが。
 8Kで映像化するにあたって全編を上海ロケしたそうで、たしかに美術セットも衣装も生活感あって見ごたえある。きちんと現地人のメインキャラクターに中国人俳優をキャスティングしているところも良かった。VFXは序盤の建物の奥に見える客船くらいだろうが、見ていて不自然に感じるカットはなかった。


 物語は芥川の著作を原案としつつ、どこまで史実にもとづくのかわからない虚実不確かな語り口で、混沌の上海を描く。描写を断片的にすることで抵抗運動や共産主義を否定せずに登場させて、インチキ予言者の夢をとおして日米開戦も悪夢めいて言及する。劇中で読みかえられる桃太郎*1を聞けば日本の侵略を批判していることは明らかだろう。
 芥川が主に対応するのは男娼の青年。発声ができないが当時の中国では珍しく文章が描ける。筆談をする結果として中国語の会話ができない芥川が直接的なコミュニケーションができる数少ない相手となる。芥川は物乞いの背後に書かれた文章が青年によるものと想像する。よりそい助けあう弱者たち。
 さすがに芥川が抵抗運動へ協力することはないが、良くも悪くも超然として国粋主義からは距離をとり、明治と昭和の境界線にあった一瞬の理想とともに消えた存在のように位置づけている。
 もう少し起承転結やコンセプトが明快な物語が好みだが、ちゃんと刺激のある描写が多くて、場面転換も多くて見ていて飽きなかった。一見の価値はあると思う。

*1:もちろん芥川龍之介の短編『桃太郎』を意識した描写だろう。 www.aozora.gr.jp