さまざまな事情で動物を飼えなくなった人々のためにあずかるボランティアがある。そのボランティアの女性がこむぎを見て、以前にあずかる予定だった「マロンちゃん」だという。元の飼い主が見つかればこむぎを返そうと思っていたいろはは、施設にいる老人に会うことにしたが……
千葉美鈴脚本、頂真司コンテで、飼い主とペットの流れる時間のちがいからくる別れと出会いを見せていく。玖遠らぎ作画監督に板岡錦原画で、ここ最近の恋愛描写とも違った表情を繊細に描いた。
ここ最近は周囲が感じていた独占欲をいろはが吐露するところにドラマがある。対するこむぎが成長して自立した人格であることを示すため、プリキュアとして普段以上に単独で活躍してみせるところが設定の活用としてうまい。
ただ、こむぎが迷子になった経緯として、ボランティア団体のケージから脱走したという描写は首をかしげた。せっかく現代的な興味深いボランティアを登場させたのだから、中途半端な落度で終わらせてほしくない。
たとえば老人はペットをあずけることを選ぶくらい体調が悪く、施設では車椅子をつかっているくらいなのだから、その身体的な不調によってこむぎを管理できなかったという展開はどうだろう。ボランティア団体があずかりに行った時、ちょうど室内で老人がたおれていたため救急車をあわてて呼んで、搬送するために玄関を開けはなしていたら逃げられた、といった描写にすれば極端な落度や責任がひとりにかかることがない。こむぎが救急車を追いかけて迷子になったとすれば飼い主との関係性もより深まるだろう。