法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

 女性スパイダーマンとして活躍するグウェンの前に、平行世界から未来人や妊婦のスパイダーマンがあらわれる。父と決別することになったグウェンは、以前に出会った平行世界の黒人スパイダーマン、マイルスと再会する。そしてマイルスは多次元からスパイダーマンをあつめたスパイダー・ソサエティに呼び出され、世界を守るために究極の選択をつきつけられる……


 2023年の3DCG主体のアニメ映画。同じスタッフによる『スパイダーマン:スパイダーバース』*1の続編として公開された二部作の前編だが、単品では完結していないうえに後編の公開時期はいまだはっきりしていない。

 とりあえず独立した作品として見ると、グウェン視点で独立した物語を描くアバンタイトルが20分と長い。それにより、現代ではかなりEDが短い部類の映画なのに、約2時間20分と3DCGアニメ映画では異例の長尺になっている。
 そこから前作主人公のマイルス視点になって異なる世界を複数わたりあるいて、世界ごとにキャラクターの描画や背景美術の方向性を変えて、前作以上に異なる作品世界を実感させる。その予告としてグウェン視点の冒頭から印象派のような背景を見せ、前作の記憶があってなお新鮮味を感じさせたところがすごい。その世界で古紙に描かれた線画のヴィランが暴れまわることでいっそう異化効果がすさまじい。そしてマイルス視点になると3DCGの質感を変えるだけでなく、レゴブロックの立体アニメ*2や実写映像をとりこんだ一幕もあって、映像のバラエティは前作以上の面白味があった。
 さらにヒーローの能力描写で3次元的にカメラが動き、壁や天井にはりつくスパイダーマンの視点にあわせて水平がかたむいていくのに、まったく画面酔いしないコンテにも感心した。


 しかし正直いって本筋はトロッコ問題かよ、と思わざるをえなかった。ホービーというスパイダーマンのひとりがパンクロッカーらしさを発揮したことで、かろうじて救われた。もともとライブ活動で政治的発言にいそしみ、主人公マイルスの拘束に参加しないどころか、抵抗の意思を確認してすぐ去っていって、こっそり助力までする。
 ホービーくらいしか体現できていないが、中盤のインド風都市でインド系スパイダーマン*3が二択から両方救おうと明示的に行動するように、やはりヒーローならトロッコ問題そのものを否定するべきだろう。そのトロッコ問題に膝をくっした他世界スパイダーマンが殺到するクライマックスは映像としては良かったが、ヒーローが悪の組織の雑魚のようにふるまう不自然さは感じた。
 結末のクリフハンガーぶりも、すでに前編という情報を知っていたので悪くなかったが、事前情報なく鑑賞して現在まで待たされつづけている観客はつらいだろう。ただ叙述トリック的な描写を応用して、追われる主人公の緊張と弛緩で注意をそらして結末に向きあう相手が誰か気づかせないテクニック自体はよくできている。


 ちなみにBlu-rayで視聴したが、EDが本編の延長のようなMVからスタッフロールに切りかわるところで、メインメニューと映像特典に移動する表示が出てきたのは仕様だろうか。没入感がそがれるので、せめて強制表示はやめてほしいのだが。

*1:『スパイダーマン:スパイダーバース』 - 法華狼の日記

*2:これは二次創作的にレゴブロックでアニメをつくっていた少年に制作者がコンタクトをとり、重要な場面をまかせたという。

*3:この一幕のためにインド系のスタッフから意見をつのり、当事者に近しい立場から良いと思えるデザインから細部の文化まで詰めていったという。