エルサレムでの盗難事件を解決した名探偵エルキュール・ポワロは、オリエント急行に乗りこんだ。そこは裕福な客があつまりつつ、異なる年齢性別人種がいりまじる魅力的な空間。
しかし急行が雪崩で動けなくなり、ポワロに依頼しようとしていた小悪党が惨殺される。閉ざされた空間で誰が犯人なのか、謎の赤い服を着た人物は誰なのか、ポワロは推理を進めるが……
アガサ・クリスティの代表作を原作とする2017年の米国映画。アイルランド出身俳優のケネス・ブラナーが製作、監督、主演をつとめた。原作はハヤカワ文庫版を既読。
原作は有名なトリックを知った後に読んだが、それでも相応に楽しめた記憶がある。とんでもないトリックが、そうせざるをえないと犯人を考えさせたドラマと密接につながり、小説としても読みごたえがあった。
今回の映画はセットとVFXを活用した時代再現映画として楽しかった。外装と内装を再現してレールを走ることもできる機関車と客車と、撮影の必要にあわせて壁や天井をはずせる内装だけの客車とで、急行の実物大セットだけでふたつもつくっている。
短い描写しかない冒頭のエルサレムやイスタンブールの駅舎なども巨大セットをつくり、後者は前述の機関車と客車をはこびこんでレールで走らせる。さらに雪崩で列車を止めた雪山も、基部の高架や左右の岩場など巨大セットを設営。その高架がひとつのアクションの舞台ともなる。はげしいアクションにポワロらしさは感じなかったが、過去のさまざまな傑作映像化と差別化する意味はあったかもしれない。
物語の大筋は原作に忠実で、多くの観客が真相を知っていることを想定したようにサクサク進む。いくつかキャラクター設定は変更されているが、メイキングを見ると、列車は多様な人種などがいりまじることが魅力という原作の描写を引いていたところが、原作を尊重する意図を感じさせて興味深い。ついでに医者として黒人俳優が配役されたアレンジは、恋愛関係の壁を描写するにあたって説得力をあげ、黒人を支援した人物の偉大さを実感させて本筋の説得力を増していた。
しかし何よりも印象的だったのは冒頭、映画オリジナルのエルサレムにおける盗難事件。異なる宗教家が容疑者としてならべられる描写に、ちょうどイスラエルではげしい紛争がおきていることを連想せずにいられなかった。くわえてポワロが明かした真相と犯人がゴミカスすぎて唖然とした。名探偵のキャラクターを見せる紹介的な挿話で使い捨てていい犯人像ではない。この真相もまたイスラエルの戦闘を止めようとするユダヤ人のデモを想起したし、この冒頭で善と悪を区別できることをポワロが自認したことが本編のドラマと密接につながっていくわけではあるが……