法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『妻と飛んだ特攻兵』

 1945年、戦火がはげしくなった本土からひとりの女性が満洲へわたった。そこはまだ五族協和の建前がかかげられている豊かな植民地で、陸軍の特攻隊が訓練を受けていた。その指導をおこなう少尉こそ、女性の夫。
 夫婦は若い飛行士や整備士をいたわり、つかのまの共同体をもりあげていく。しかしソ連軍が国境をこえて南下し、関東軍の中枢が秘密裏に撤退するなか、訓練隊や開拓団はとりのこされていた……


 豊田正義によるノンフィクションにフィクションをまじえて実写ドラマ化し、戦後70年の2015年8月16日にテレビ朝日の2時間半枠で放映された。テレ朝動画で配信され、現在はプライムビデオで見放題にも入っている。

 プライムビデオで見かけたので録画していたことを思い出して今ごろ視聴した。妻を堀北真希が演じているのはともかく、夫を成宮寛貴が演じているところにわずか数年で状況が変化したことを感じる。
 制作したのは東映で、監督は特撮ドラマが中心の田﨑竜太だが、そつなく戦時ドラマらしい映像をつくっていた。見るからに低予算ではあるが、予算がかかる場面で資料写真を紙芝居のようにコラージュしたりと工夫して、物語の中心となる訓練機の97式戦闘機の実物大レプリカや、ソ連軍と中国人による虐殺というドラマの要点にリソースをそそげている。
 若い男のいない老人や子供や女性ばかりの開拓団は、複数の車両で撤退する日本軍には自決用の武器だけわたされ、横一線でせまってくるソ連軍の車両に銃撃され肉塊となっていく。数少ない生存者は心身の痛みにたえかねて自殺していく。避難途中で亡くなった人々の描写も、地上波ドラマとしてよくふみこんで描いていた。


 ドラマとしては意外と特攻隊だけを主軸とはせず、國村隼が村長を演じる開拓団とのふたつの物語がつかずはなれず並行していく。
 さすがに主人公夫は開明的な軍人として描かれているが、訓練隊の内部では旧日本軍らしく体罰もおこなわれているし、何より中枢から見捨てられた末端という立場のため旧日本軍全体を賞揚するつくりにはなっていない。終戦後もつづくソ連の侵攻に抵抗するため独自判断で特攻するわけだが、意外と諦念に満ちた無謀な行為のような描写にとどめていて*1、実際ほとんどソ連軍の暴虐を止める効果がなかったことを戦後日本の会話で明言する。
 一方、ソ連軍の攻撃と中国人の反乱にさらされる開拓団は、たしかに忘れてはならない悲劇として描かれている。しかしソ連軍が民間人を攻撃しないという期待を、日本軍も民間人を攻撃してきたという指摘で否定する軍内の会話は、逆説的に日本軍の罪にも言及できたといっていい。民間人の会話でも、開拓団が中国人から土地をうばった背景を指摘して、日本人と中国人が協力して開拓したと自認する人間もつきはなされる。そもそも序盤のナレーションにおいても満州の実態が「植民地」だったことは明言されていた。
 被害を入り口にしないと加害を描けないことに限界は感じられるし、そうした俯瞰的な視点を限られた時間で描写するため説明的な会話も散見されたが、それでも悪くないドラマだと思えた。特に物語の中心にある「美談」を懐疑する視点があるところがいい。英雄の物語にしていない。

*1:ソ連軍が戦闘をおこなう口実に利用されるのではないかという指摘が劇中で存在しないことは気になった。