法華狼の日記

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『NHKスペシャル』ドラマ 東京裁判 第1話

日本、オランダ、カナダ、オーストラリアの合作による極東軍事裁判の再現ドラマ。45分ほどの本編に15分ほどの解説やメイキングを足して、全4回で放映予定。
NHKスペシャル | ドラマ 東京裁判第1話
世界的な配信サイトNetflixが20ヶ国で配信することも発表されている。当初は共同製作と報じられたが、形式としては共同制作のカナダ放送局にNetflixが資金を提供したというものらしい。
Netflixと歴史ドラマ共同制作? NHKは報道の「一部誤り」を指摘するが……
この初回はほとんど日本人が登場せず、あくまで外国人の視点でつらぬかれる。合作と聞いた時の予想よりも海外ドラマらしい。
着色したモノクロ記録映像の被告席と、再現した判事席のきりかえは、見事になじんでいる。セットやロケも違和感なく、焼け跡となった東京のVFXもよくできている。


物語についても、それぞれの国家や信念を背景にした判事の論争を描くドラマ作品として、期待を超えて良かった。
まず、最年少であるオランダのレーリンク判事を主軸にしていることで共感しやすい。約十年前に放映された『NHKスペシャル』でも、副題に入っていたパール判事よりも印象的に描写されていた。
『NHKスペシャル』パール判事は何を問いかけたのか - 法華狼の日記

パール判事の人物像は良くも悪くもゆらぎがない。人物の葛藤や成長がドラマであるという考えからすれば、レーリンク判事こそ東京裁判判事団のドラマにおける主人公といえる。

レーリンク判事がオランダに残した家族の描写をたっぷりとれば、そのままハリウッド法廷劇に使えそうな物語だ。インド人や中国人といった民族的マイノリティにも一定以上の役割があるので、政治的に正しく作ることも難しくないだろう。

この感想でも映画化を期待したが、やはり各国の判事のキャラクターも個性的で、ドラマとしての完成度は高い。
たとえば熱心に立ちまわる中国の梅判事など、最大の被害国という立場を主張しつつ、事実に忠実たらんとする態度のため、ドラマの立場は説明役に位置している。本編後の解説においても、法治主義的な実証を重視していたことや、民族の共存を重視していた人物像が紹介された。事実認識のベースから中国を排除しない第二次世界大戦ドラマは、現代日本においては貴重だ。
オーストラリアのウェッブ裁判長は、さまざまな衝突の矢面に立たされる。史実よりも痩せた俳優が配役され、苦労人なキャラクターとしてわかりやすい。
ひとりだけ通訳をとおして発言するソ連の判事も、本気か冗談かわからない態度で周囲をとまどわせ、美味しいアクセントになっていた。


史実との距離感については、今後の展開に不安を感じないでもないが、初回の範囲ではよくできていたのではないだろうか。
判事としては天皇に戦争責任があると考えていたこと、それを連合国の統治の都合で免責したことがウェッブ裁判長とマッカーサー元帥のやりとりで示唆されている。当然あるべき描写ではあるし、ぬるく流したと感じる人もいようが、今のNHKとしては踏みこんでいる。
清瀬弁護人らの主張は、当時の日本を免責しようとする戦後の言説の雛型だ。隠された新説のように流布されている擁護が、実際は同時代に否定された時代遅れの言説にすぎないという描写。ただ残念ながら、ドラマでは否定すべきものと描かれていたが、それでも弁護を正当と読みとる視聴者は出てきている。
番組キャッチコピーの「人は戦争を裁けるか」という問いだが、第一次世界大戦の反省でパリ不戦条約ができて日本も署名していた前提や、ナチスドイツを裁いたニュルンベルク裁判という先例を引いていることから、おそらく戦争を違法化するという思想への到達を描くものになるだろう。
本編後の解説などで、事後法で裁くことが問題になるかのような説明もされているが、それゆえ東京裁判が不当だという結論にはならないはずだ。そうでなければインドのパール判事の遅れた着任をクライマックスに持ってきただろう。ドラマでのパール判事の初登場は、きちんと準備していたことを印象づけこそすれ、他国の判事を優越するほどの演出ではない。初回の結末は、米国のヒギンズ判事の脱落が描かれ、懸命に判事をとりまとめようとするウェッブ裁判長の苦労を印象づけて終わった。