法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇

終戦後に進駐したソ連軍と日本軍の戦闘がつづいた樺太。残された上層部の文章と、兵士や民間人の証言から、日本軍の過ちを浮かびあがらせる。
NHKスペシャル | 樺太地上戦終戦後7日間の悲劇
この時期の報道について、日本側の戦争被害ばかりとりあげることへの批判がある。今回の番組もその問題をおびているようでいて、少し違うところがある。
たしかに真岡で電話交換手をしていた女性たちが自殺した有名なエピソードが出てくるし、ソ連側が家屋に火をつけたり強姦したというソ連兵の証言も映される。
しかし前提として、日本軍の責任が最も強く指摘されるように番組が構成されていた。


まず、8月15日より後、8月16日に先制攻撃をおこなったのが日本軍であったことを提示。のどかに上陸した兵士が日本軍に撃たれてから、ソ連軍が激しい反撃をはじめたという順序を元日本兵が証言する。その地域では停電があって現場兵士は玉音放送を聞いておらず、上層部も敗戦を隠していたという。
そもそも日本軍は全体へ武装解除を命令していたが、札幌をへて樺太の死守という命令にすりかわった。北部の司令官だった樋口季一郎中将が、北海道の占領をおそれて樺太を防波堤にしたためだという。この現場の独断は日中戦争を日本軍がはじめた歴史に重なるし、樺太の立場も沖縄に重なる。
民間人も戦闘に動員された。日本軍の虐殺を正当化するために、便衣兵ならば無裁判で殺してもいいという理屈を主張する人々がいる。その理屈を適用すれば、ソ連軍が日本の民間人を殺しても虐殺にはならないことになろう。もちろん言い逃れでしかない理屈を現実に適用するべきではないが、日本軍が民間人を戦闘にまきこんだ責任は確実にある。
番組は政治の状況もつたえる。たしかにソ連は北海道の半分を占領する意思を持っており、樺太などを占領する密約を米国とかわしていた。しかし戦闘の推移とは関係なく、北海道もマッカーサー支配下におくことを米国がソ連に伝えた。
その後も日本軍は戦闘をつづけたが、結局は武装解除して終わった。意味はなかった。密約通りに樺太ソ連の領土となり、民間人が日本へ移るまで長い年月を要した。


もちろん樺太戦で語るべき論点は他にも多くある。虐殺された朝鮮出身者など、日本が向きあうべき歴史も多い。しかし1時間以内の放送枠におさめて問題提起する番組としては、よく整理されて悪くないつくりだと思えた。
対比的に、樺太戦が2008年にTBSで長編ドラマ化された時のことを思い出す。日本軍が占領地でおこなっていた加害を示唆する描写や、朝鮮半島への差別描写など重要な歴史も踏まえていた。しかし、そうした要素を組みこみすぎて物語としては散漫になっていた。日本側の多様性はたんねんに描きながら、ソ連側は一貫して天災のように描くというバランスの悪さもあった。
『霧の火〜樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』 - 法華狼の日記
樺太戦の歴史は、短い番組で語りつくせるものではない。むしろこれから社会として向きあうべき課題だろう。番組の最後には保守派作家の保阪正康氏が登場。犠牲になった人々が強く責任感を持ち、命令を出した側の責任感が欠けている日本のありようを批判した。