法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『南京1937 Don't Cry Nanking』

日本軍の侵攻から逃れて、首都南京へたどりついた四人家族。夫は中国人の医師で、妻は妊娠中の日本人。日本人の娘は年頃で、中国人の息子は幼い。
すぐに大規模な空襲がはじまり、街が壊滅していく。そして侵入した日本軍は暴虐のかぎりをつくし、もてあました捕虜を処理していくが……


1995年に制作された1時間50分の中国映画。スクリーン切り裂き事件などの暴力的な抗議のため、日本での公開は短期間で終わったが、VHSビデオが発売され、有志による上映会もおこなわれている。
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まず戦闘描写だが、『プライベート・ライアン』によって戦場表現が進歩する以前の作品と思えば、気になるような粗はない。人民解放軍を動員したモブシーンと広大なオープンセットで、充分に大作らしい映像をつくりあげている。
再現されたハリボテ戦車は史実と比べて頑強そうだが、結果的に侵略者らしい威圧感を生みだしている。対する中国兵が爆弾を体に巻いて城壁から飛びおりる場面も、日本人の観客としては、戦争末期の日本軍の立場が重なって痛々しかった。
多数の捕虜を歩かせる場面は、フレームいっぱいに小さな中国兵が満ちて波のよう。捕虜を壕で処理*1していく風景も、引いた構図で映すことで人を物としてあつかう恐怖を強める。死者が出ていそうなほどの爆発と俳優の近さも怖い。
あと、クレジットを信じるならば東映が特撮で参加しているようだ。雲からわきだす爆撃部隊の特撮を担当しているのだろうか。



物語は、いくつかの家族にスポットをあてつつ、史実を象徴するエピソードをならべらている。
メインとなる家族が中国人と日本人の夫妻ということもあり、日本人は悪魔化しない。国家的な暴力に対して、弱い人間が立場を超えてよりそうしかない痛みを描いている。妻が日本人ということを利用して綱渡りのように難を逃れていく展開は、黒澤明作品のようなサスペンス性を感じさせた。日本人であるがゆえ、中国人難民区からは疎外されかねない痛みも描かれる。
また、日本軍でスポットがあたる個人としては松井石根がいる。実際の松井個人というより、いわゆる「支那通」を象徴する存在として描かれている。中国寺院を見学して日本文化との共通点を部下に語りつつ、今を生きている中国人は軽視して捕虜の虐殺を暗に指示する。日本軍の暴虐に心を痛めるような描写はないが、それゆえ現在に考えられている松井像と比べて違和感が少ない。
他に実名の日本兵として、百人斬り競争をおこなった将校ふたりも登場し、非戦闘員を騙して斬殺する。しかし当時の報道とも現在に考えられている史実*2とも印象が異なる描写だった。有名なふたりを持ってきて無理に映画らしくもりあげずとも、当時におこなわれた多くの試し切りのひとつとして描写するべきだと感じた。
そして、多くの日本兵は中国人や台湾人を当然のように見くだしている。大東亜戦争の名目から考えても、当時の家父長制から考えても、さほど実像から離れていないだろう。対等にあつかわない態度が生々しく、価値観そのものが歴史を感じさせる。日本人の女性には優しく同胞としてふるまうのに、中国人と思えば子供まで虐げる。真相を知って夫妻に向かう暴力も、単に騙されたからというより、日本人の女性を敵対国の男性に奪われたという身勝手な怒りによるものと感じられた。女は男の所有対象という価値観は、安全区に押しかけて「洗濯女」の提供を求めるという鮮烈な描写もある。
また、日本軍には同じ日本人として台湾人もいる。兵士の食事をまかなう軍夫だが、なかなか美味しそうな調理風景だった。日本兵はなれなれしく日本人あつかいするかと思えば、台湾人が意にそわぬ態度をとれば中国人として見放す。日本の戦争映画ではまず見ない光景で、いっそう印象に残った。
ただし、日本人妻と松井石根は日本人が演じているが、多くの日本兵は日本語吹き替えで処理されている。あまり口の動きと声があっておらず、いささか違和感があった。台詞回しも日本人としては全体的に説明的に感じられたし、映像の力を信じて無理に台詞にする必要はない描写が多いとは思った*3。中国軍をほとんど描かない市民視点の物語なのだから、日本軍の残虐さを象徴するエピソードは、もっと引いた絵で見せていい。


全体として、映画史で特筆するほどではなくとも*4、ていねいに作られた戦争映画だった。あくまで史実をベースにして、さまざまなエピソードを引きつつ、戦時下の家族のドラマとして完成している。
はっきり史実を逸脱する描写はないが、メインの家族がたどった結末は、いかにも映画らしく絵になる情景だ。現在の日中友好を願うという字幕を、題目ではなく主題として作品におりこんでいる。ただ、上映時間から考えると、もっとメインの家族にしぼって構成すれば見やすくなったろう。

*1:実際の日本軍の証言はこちら。「捕虜ハセヌ方針」をめぐって

*2:近年の裁判で勝訴した被告側のページがこちら。百人斬り裁判

*3:言葉ではない日本軍の文化としてビンタが描写されないところが、逆説的に中国映画だと感じさせる。

*4:比べると『黒い太陽・南京』は、ずっと安いモンド映画ではあったが、それゆえの特異性と詩情を感じないでもない。『黒い太陽・南京』 - 法華狼の日記