法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アイアムアヒーロー』

漫画家のアシスタントをしている青年の日常が、ある日から一変する。
盛りあがる職場、豹変する恋人、パニックの起こる住宅街。
そして青年は傷ついた少女をつれて逃避行を始めるが……



花沢健吾の同名漫画を原作とする2016年の日本映画。地道にVFX作品の経験を積んできた佐藤信介が監督。よく佐藤監督と組んでいる神谷誠が特撮監督。

2時間超のパニックアクションとして、そつのない娯楽作品だった。
過去の作品と比べて、佐藤監督の長所が全面的に引きだされ、短所がジャンル選択のおかげで目立たない。
ジャンル映画としてベタな内容だが、そのジャンルには珍しく予算とVFXを使った大作なので、邦画なのに見せ場がとぎれず粗が見えない。
主要な見せ場を韓国で撮影したことも、日本映画を超えたスケールを無理なく生みだしている。


まず、ボンクラなアシスタント青年のサバイバル物語として、佐藤監督作品にしては日常シーンも無理なく楽しめた。
初期作のリメイク版『修羅雪姫』の時点でも、樋口真嗣特技監督に呼んで架空の近未来独裁国家を舞台にしたりとVFXには意欲を見せた佐藤監督だが、日常パートでは内面的な風景を淡々と映すばかりでサスペンスが途切れがちだった。『GANTZ*1も3DCGやミニチュア特撮を駆使した戦闘シーンには隙がなかったが、戦いを終えた日常で緊張感をリセットする構成がテンポをゆるくするばかりだった。
今作は怪物が日常で襲ってくるホラー映画なので、『修羅雪姫』と同じように森の中を主人公がうろつくだけのシーンでも、一定の緊張感が持続する。つれている少女が「ZQN」化しかけている状況設定もサスペンスを支える。日常が異変をきたすパニック映画ジャンルをていねいに映像化することで、戦闘と日常が娯楽性を下げるように分断されていた悪癖が解消された。
ショッピングモールにたてこもる後半も、主人公の上位互換な青年が独裁者化していく展開で、危機に際して成長する定型の安易さを相対化することに成功した。


また、さまざまなVFX技術に果敢に挑戦して、エログロを堂々と正面から素直に映像化する作風が、ありふれたジャンル映画を魅力にしている。
たとえば肉体欠損したまま動く「ZQN」を表現するため、韓国と協力した特殊メイクに加えて、デジタルで欠損させる手法を採用。
韓国スタッフとの協働体制による大規模な特撮&特殊メイク、映画『アイアムアヒーロー』 | 特集 | CGWORLD.jp

3Dプリントなので粘土で型を作っているような細かい皮膚感は出せないのですが"映画になったときには気づかないでしょ?"というわりきりの上で韓国のスタッフは活用していました。

ZQNによっては撮影現場で後から3DCG素材を合成する部分にグリーンやマーカーを貼った特殊メイクを作成して撮影されている。

すでに海外ではありふれた技術だが、さりげなく使いつづけることで世界がすみずみまで荒廃したことを実感させる。
なおかつ、そうして後景の存在として映像だけで印象づけたことが、クライマックスの説得力を支える伏線となった。


パニックの見せ場となる舞台は、大きくわけて前半の住宅街と、中途の高速道路と、後半のショッピングモール。その多くを韓国で撮影している。
韓国スタッフとの協働体制による大規模な特撮&特殊メイク、映画『アイアムアヒーロー』 | 特集 | CGWORLD.jp

当初は国内のショッピングモールなどをロケハンしたり、セットで必要な部分を組んで撮影することも想定していたのですが、なかなか条件に合わないため韓国で撮影することになりました。撮影が韓国になったため、特殊メイクや特殊効果も現地のプロダクションに協力してもらえないかということになり、特殊メイクはMAGE、特殊効果はデモリッションに参加してもらっています。韓国では、爆発物などの規制の範囲が日本 とは異なり、ハリウッド映画に近いことができるため臨機応変にプランニングすることができました

もちろん全ての撮影を韓国に依存しているわけではない。身近で細部がごまかしにくい住宅街は日本で撮影。きちんと廃車を並べ、多くのエキストラを暴れさせて、安っぽく感じさせない。
高速道路やショッピングモールも、ただ漫然と撮影するのではなく、自動車をワイヤーで横転させたり、ていねいに日本風に作りかえたりして、けっして手抜きしているわけではない。
あくまで韓国で撮影したのは最適を選んだだけであって、そこで得た技術を蓄積しなかったわけでもない。だからこの映画のスタッフはつづく『いぬやしき』や『キングダム』で、さらに映像面で飛躍することができたのだろう。


とはいえ、中盤から後半までを国外でロケしたという逸話には、日本と韓国の撮影環境に格差ができてしまっていることを実感せずにいられなかった。
『野火 Fires on the Plain』や『この世界の片隅に』と『鬼郷』を比べて、韓国の映画界に対して日本の映画界が劣っていると感じざるをえなかった件 - 法華狼の日記

会社が大部屋俳優をかこって群衆も兵士も自在に用意できる、古き良き日本映画。そのような厚みが、おそらく現代の韓国映画にはあるのだ。

高速道路もショッピングモールも、日本国内でもシーズンオフや廃墟化などで撮影可能な場所はあるだろう。先に引用したように、スタッフも途中までは国内撮影を考えていた。
しかしロケ撮影はボランティア的なフィルムコミッションの協力にたよるしかなく、それでも必要な行政の撮影許可はなかなか下りない。映画制作と地方のマッチングなどを地道に助ける方向は目立たず、企画に費用を浪費して何も残せていないクールジャパン機構*2を思い出さずにいられなかった。