法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『美しい夜、残酷な朝』

アジアの国境を超えて制作された2004年のオムニバスホラー映画。韓日中の著名な映画監督3人が各40分ずつ独立したエピソードを手がける。

美しい夜、残酷な朝 オリジナル完全版 [DVD]

美しい夜、残酷な朝 オリジナル完全版 [DVD]

どのエピソードも美醜にこだわる女性と、それを蔑視や消費する男性という関係性なのが気になったが、そもそもエロスが共通テーマのひとつらしい。


<韓国篇「cut」>はパク・チャヌク監督。サイケデリックな室内で硬直した男にかぶりつく女。流れ出る血から、ブラックな笑いに満ちたホラーが展開される……
復讐を濃密に描いた『オールド・ボーイ』から『親切なクムジャさん』までの期間に作られた、いい意味でライトなサイコホラー。近年の洗練された韓国映画が失った、良くも悪くもキッチュな絵作りと物語が楽しめる。
舞台を限定している分、美術はきっちりしていて、サイコな犯人の痴態で笑わせる。冒頭のVFXを利用した1カット演出は『パニック・ルーム*1に似ているが、違う光景が連続していると示す必然性がちゃんとあった。
ただホラーとしては、主人公へ究極の選択をしいる犯人のサイコぶりにたよっていて、結末の主人公の行動も動機がよくわからない。謎解きサスペンスとしての妙味は終盤に軽いサプライズがあるくらい。


<日本篇「box」>は三池崇史監督。そこに存在しないはずの姉の姿におびえる女性が、あまりに苦しくおぞましい過去の痛みを思い出していく……
びっくりするくらい絵作りがいいのが特色で、予算内でそつなくこなす三池監督には珍しく画面全体が最初から最後までコントロールされている。雪に閉ざされた静謐な風景と、森閑とした見世物と観客、廃墟のような建物での恐怖、どれも色調から構図まで精緻で、安っぽさがない。いかにもJホラーらしい静かな恐怖演出もていねいだ。
物語は2000年に監督したホラー映画『オーディション』と同じく、男の欲望にさらされた女性が、その価値観に深く従属することで、とりかえしのつかない事態へ転がりこんでいく。もちろんストーリーは全く異なるが、バレエ姿で性的消費される幼女などのモチーフも共通していて、フェミニズム映画として読むことも可能だろう。
ただし最終的な真相を見ると、同族と自己への愛情と憎悪がいりまじった関係がフェミニズムよりも主軸になっている*2。どんでん返しは無意味でも必ずしも嫌いではないが、この真相では何でもありすぎて、そこまでのストーリーの力強さが失われた。


<香港篇「dumplings」>はフルーツ・チャン監督。美を求めた女性が、古ぼけたアパートの一室へやってきた。そこの主は、若い美女の姿をしていて、餃子を提供する……
ハリウッドでのリメイク版『女優霊』を手がけたフルーツ・チャン監督だが、けっこう有名らしいのに作品を見たことも名前を聞いたこともなかった。
ホラー映画で、かつ香港映画で、挽き肉料理が出てくるとなれば、どのようなジャンル作品か誰もが予想できる……と油断していた。事実そのとおりにストーリーが進行していくのだが、明かされた食材の正体は予想の範囲内であっても衝撃を与えるもので、それが調理されるまでを念入りに痛ましく描いていく。
それでいて法律的にはむしろ誰もが予想できるよりも罪が軽そうだし、主人公は食材の禁忌感を気にもしない。登場人物が下手に驚き叫ぶより、あってはならない状況がありのまま受けいれられる情景が禁忌感を増す。そして恐怖が終わらないどころか拡大することを結末でダメ押しする。
何もかも踏み台にして美に執着する女性への恐怖は、下手すると古典的なミソジニーでしかないが、ちゃんと犠牲となる女性たちの痛みも念入りに描いていて、ただ悪趣味なだけでない悲哀も浮かびあがってくる。


全体として絵作りが良く、かつ個性が出ているので単調に感じず、どれもホラー映画としてそこそこ楽しめた。
特に「dumplings」は起承転結がしっかりしていて、予想された真相を期待以上に踏みこんでいき、物語もふくめて今作のベスト。

*1:『パニック・ルーム』 - 法華狼の日記

*2:見ながら萩尾望都の某作品を連想していたので、良くも悪くも意外ではない真相だったが。