法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

スーツケースに車輪をつけるまで5000年かかったという話ではなく、昔から知られている車輪をスーツケースにつけるアイデアが遅かったのはなぜか?という問題

 少し前、『なぜスーツケースにキャスターがつくまで5000年も要したのか?』という仮タイトルの書籍が、批判的な話題になっていた。
「スーツケースにキャスターを付けるという発明ができるまでなぜ5000年もかかったのか?」という本が出るが整備された舗装路の出現がごく最近なだけでは - Togetter


新刊案内で、「なぜスーツケースにキャスターを付けるという簡単な発明に5000年もかかったのか?」→「『男は重い荷物を手で持つもの』『女はそんな長距離移動しない』という固定観念が発明を阻んだ」みたいな本があったが、そうじゃなくて単に平らに整備された舗装路の出現がごく最近だからだろう。


勿論刊行前の本で中身は見ていないので、もう少しまともなことが書かれている可能性は全く否定しないが、宣伝文を見る限り「愚かな固定イメージが簡単な発明を阻んだ」という固定イメージ(=著者が信じたい世界像)に著者こそが囚われてしまったように思える

 これはおそらく翻訳出版におけるタイトルが良くない。
 Togetterのコメント欄を見るとエミコヤマ氏*1が実際には舗装路なども検討されていると説明している。


英語で読んだけど、舗装路や旅行の一般化のようなここに挙げられている疑問というか要因はちゃんと本で取り上げられてるから安心して。

 検索すると、どうやらスウェーデンにおける原題は『Att uppfinna världen : hur historiens största feltänk satte käppar i hjulet』というものらしい。
 そこでくわしい説明かレビューがないか少し調べてみたところ、下記のような文章が検索に引っかかった。
Att uppfinna världen : hur historiens största feltänk satte käppar i hjulet - Katrine Marcal - Häftad (9789180020640) | Bokus

Vi lyckades skicka en människa till månen innan vi kom på idén att sätta hjul på en resväska. Hur är det möjligt? I själva verket är svaret lika enkelt som förbisett: det handlar om kön. För bara ett halvt sekel sedan var det otänkbart för en man att inte bära sin egen väska.
スーツケースに車輪を付けるというアイデアを思いつく前に、私たちは人類を月に送ることに成功しました。そんなことがあるものか?実際、その答えは見落とされているほど単純で、結局はジェンダーに起因します。ほんの半世紀前には、男性が自分のバッグを持たないということは考えられませんでした。

 人類の月面着陸後にスーツケースに車輪がついたと指摘されているらしい。そう書かれてみると、そんなに新しい発明なの?という気はたしかにしてくる。

 そこで気になって検索したところ、スーツケースにキャスターをつけるアイデアは日本の要望から誕生したという説が出てきた*2
知って得する!キャリーバックの歴史

大阪のスーツメーカー「ACE」がアメリカのメーカー、サムソナイトの日本における総代理店としてライセンス契約を結んでいました。

2社が提携して、当時所得の低かった日本人大衆でも買える、安価なスーツケースを販売し始めたのです。67年のことでした。

名前は「デボネア」。1万円を切る安さで販売され、好調な売れ行きでした。

その後、日本のユーザーが「持ち運びし易いスーツケースを」との声を発し始めます。

この声を受けてサムソナイトとACEが初めてキャスター(車輪)を鞄の底につけました。

なんと日本発でキャリーバックに当たるものが出来たのです!

1972年には「キャスター付きスーツケース」、事実上のキャリーバックが世界で初めて発売されました。

 ただし2019年の「フォーブスジャパン」のコラムによると、日本の要望は特筆されていない。観光業態の変化が同時期に同じ発明をうながした可能性も考えられるので、どちらの説が正しいかは判断できないが。
シンプルな発明が旅行体験を変えた 「車輪付きかばん」の功績 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)

キャスター付きスーツケースの生みの親は、2011年に亡くなったバーナード・セードーだとされている。セードーは1970年、家族とプエルトリコに旅行した際、2つの重い旅行かばんを引きずっていった。サンフアン空港で、ポーターが車輪付きの旅行かばんラックを使い荷物を楽々と運んでいるところを見たセードーは帰宅後、スーツケースに車輪を取り付ける改造作業に没頭した。

セードーはその後、自身の発明を販売してくれる店舗を探したが、数カ月たっても見つからなかった。そしてついに、百貨店大手メイシーズのある役員が、車輪の付いたスーツケースに賭けることを決めた。セードーは1972年、米国で「Rolling Luggage(転がる旅行かばん)」の特許を取得した。

 さらにこのコラムを読みすすめると、そもそもスーツケースにキャスターがついた時期と月面着陸を比べる指摘はクリシェらしいことや、キャスターがつくアイデアジェンダーバイアスが阻害したことが書かれていた。

人類は1969年、旅行かばんに車輪をつける前に、月へ人を送ったと言われることが多いが、キャスター付きスーツケースの普及の障壁は社会的受容にあったのかもしれない。重いスーツケースを引きずることは「男性の仕事」だと考えられていた。
これほどシンプルなコンセプトが実現するまでに、なぜこれほどまで長い時間がかかったのだろう? セードーは門前払いされたとき「車輪がついたスーツケースは男性に決して受け入れられない」と言われたという。「とても男性的な考え方だった」とセードーは述べた。キャスター付きスーツケースの勝利は、この考え方を永遠に葬ったのかもしれない。

*1:はてなアカウントはid:macska

*2:引用時、文字の装飾を排した。