法華狼の日記

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NHKが政府与党の圧力に屈して軍艦島ドキュメンタリ『緑なき島』を封印したらしいという報道

 時事通信がつたえていた。放送年などから考えて、以前から圧力を受けつづけてきた短編ドキュメンタリ『緑なき島』のことと思われる。
NHK、軍艦島映像「今後使わぬ」 自民会合で、元島民疑義:時事ドットコム

 自民党は19日、外交部会と「日本の名誉と信頼を確立するための特命委員会」の合同会議を開き、NHKが1955年に放送した長崎県端島炭坑(通称軍艦島)に関する映像に、元島民から疑義が示されている問題について議論した。特命委員長の有村治子参院議員によると、出席したNHKの担当者は今後この映像を使用しない方針を示した。

 ちなみに有村氏といえば、2008年にドキュメンタリ映画『靖国』の上映を中止させようと圧力をかけた政治家のひとりでもある。
「靖国」上映中止/発端は自民議員の横ヤリ/事前試写会を強要 国会で執ように問題視

 有村治子参院議員は、小泉元首相の靖国参拝違憲訴訟の原告が出演していることから、映画が政治的宣伝を意図していると主張しました。審査にあたった専門委員の一人が、憲法を守る立場をとっていることまで問題にし、「社会人としての常識的感覚的(ママ)がない人ばかり」ではないかとまで述べています。


 問題視がはじまった2021年に関連情報をひろったが、半裸の労働風景は『緑なき島』以外も複数あるし、過去には元島民による広報サイト「軍艦島デジタルミュージアム」にも掲載されていた。
NHKの軍艦島ドキュメンタリ『緑なき島』が産業遺産情報センターから敵視されている問題について - 法華狼の日記

 『緑なき島』とは別に、1960年ごろの日本人の写真が朝鮮人の強制労働イメージとしてつかわれていた逸話も指摘されている。しかし炭鉱の現場写真だったことは事実だった。

 逆に、『緑なき島』を疑問視していたはずの自民党の政治家や対外的な広報施設は、炭鉱ですらない場所の給料を強制労働の反証のようにもちだしていた。
首相をやめた安倍晋三氏が、産業遺産情報センターの用意したブーメランを脳天に刺していた件 - 法華狼の日記

時代と場所が近い炭鉱の過酷な状況をしめす写真をつかってはならないなら、炭鉱ですらない造船所の給料袋ひとつが軍艦島の弁護につかえるはずもない。
半世紀以上前のNHK短編ドキュメンタリ『緑なき島』にも、軍艦島の坑内ではいずり移動する映像がある。
b.hatena.ne.jp
それを産業遺産情報センターは再現映像もしくは別の炭鉱と主張しているが、ならばなぜ誤解をまねくように造船所の給料袋を展示していたのか。

 そしてNHKは関係者の聞きとりや、他の映像などを再調査。別の炭鉱の映像をつかったわけではないと副会長が国会で答弁するにいたった。
半世紀前のNHKによる軍艦島ドキュメンタリ『緑なき島』について、あらゆる意味で問題はないと国会でNHK側が答弁していた - 法華狼の日記

同時期の別炭鉱の映像素材をつかった可能性もあると私は思いつつ、それは朝鮮人ら徴用工の犠牲への反論にならないと考えていた。
しかし、そもそも元島民の証言と違って、NHKは実際に端島炭鉱内で撮影できていたようだ。

 しかし上記から2年ほどたっても政府与党は圧力をかけつづけ、ついに封印させることに成功してしまったようだ。


 時事通信の記述を見るかぎり、封印させる根拠となる新たな研究や資料が提示されたわけでもないらしい。

自民党側は韓国で強制労働のイメージが流布する一因になったと問題視している。NHKは2021年の内部調査で「端島炭坑以外のものであるとの結論には至らなかった」としており、19日の合同会議でも同様の立場だったという。

 あくまで『緑なき島』は半世紀以上前の短編ドキュメンタリにすぎず、特に歴史学で重視されている資料ではない。そもそも自民党が否認したがっている強制労働とは時代がずれている。先述のように労働の過酷さをしめす資料は他にも複数ある。
 しかし従軍慰安婦問題で特に重視されていなかった吉田清治証言が*1歴史学で採用できないと確定して以降、あたかも重要な加害証言であったかのように位置づけられた前例もある。『緑なき島』が軍艦島のイメージの基礎となったかのような主張はすでにおこなわれている。
 今回の封印をただの資料ひとつの問題と思わず、強制労働全体の過酷さを否定する根拠とされないよう注意したい。

*1:事実として、秦郁彦氏の否定的な調査が発表される以前に出版された吉見義明『従軍慰安婦資料集』に収録されていない。