法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ヴィーガニズムを蔑視せず、ひとつの考えとして応じた漫画を少しずつ見かけるようになった

少し前に驚いたのが寿司バトル漫画『寿エンパイア』。分子ガストロノミーを超えた「未来寿司」として、3Dプリンタや培養肉で寿司を握る天才が出てくる。

海から遠いところで美味しい寿司を食べた子供時代の記憶。何でもできて仕事も趣味もつまらなくなった天才が、まだイノベーションできる場所として寿司を握りだす。
提示される人工的な寿司ネタは分子ガストロノミーですら作りえない食感で、さらに漁獲資源や命を奪う問題を解決できる可能性も提示される*1
一方、主人公は魚をとむらう文化を継承して、偽善という評価を覚悟しつつも寿司が命をうばう問題に向きあう。ここまでは『美味しんぼ』の「業」などから特に変わりない。
しかし料理対決として勝利した主人公は未来寿司を賞賛して、絶滅の危機にある食材を楽しむだけでなく、絶滅した生物を食材化できる可能性まで提示した。
ここで「美食」とは何かという普遍的な問いに対して、食べられることを期待できない美味を食べることだと再定義された。そのありようは、幼少期に海から遠い場所で素晴らしい寿司を楽しんだ天才のプロフィールに重なるし、命を奪わずに肉の味を再現しようとするヴィーガンにも重なりあう。
未来寿司には現実に「寿司シンギュラリティ」というプロジェクトがあり、許可をとって漫画で使用したので否定できない側面もあったのかもしれない。しかしきちんと咀嚼して、未来寿司を思いついた天才のプロフィールから、それに対峙する主人公のドラマまで、きちんと料理漫画として成立させていた。


もうひとつ、ジャンププラスで連載しているエクソシスト少年漫画『エクソシストを堕とせない』の対ベルゼブブ戦を興味深く読んでいる。
shonenjumpplus.com
ベジタリアン思想へ反論しつつ素直に美食をたのしもうと扇動するベルゼブブ。対峙するのは、かつてベルゼブブに騙されたことで心理的に肉食ができなくなった少女。
このベルゼブブの主張が、インターネットなどで誇張化され悪魔化された「ヴィーガン」でなく、それをふくめた多様なベジタリアン思想をふまえて反論するかたちをとれている。
思えばこの作品は、先に戦った敵アモンからして、少年漫画で賞揚されがちなマチズモをもつ「男らしい」悪魔であった。

少年が戦うことになる七つの大罪を、しばしば漫画でも肯定されがちな「欲望」にすることで、逆に漫画という表現の豊かさを生みだそうとしている。いまのところ、そう思える作品になっている。

*1:現状の培養肉は、それを作るために投入される資源が天然や飼育による食肉より多くなりがちで、まだ環境負荷は増してしまう段階らしい。 www.ethicalfood.online