法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『青の祓魔師 ―劇場版―』

日本の奥深くにある巨大な学園都市、正十字学園町。そこではエクソシストを目指す若者たちが鍛錬の日々をつづけていた。
そのひとりで、幽霊列車を退治していた奥村燐は、悪魔が封印されていた祠を壊してしまう。しかし、あらわれた悪魔は無害な男の子の姿をしていた。
悪魔を「うさ麻呂」と名づけた奥村燐は、11年に1度の祭りに向けてもりあがる正十字学園町で、楽しい時間をすごそうとするが……


スタジオジブリ出身で、TVアニメ版では各話スタッフだった高橋敦史の、初映画監督作品。吉田玲子脚本のオリジナルストーリーで2012年末に公開された。
劇場版「青の祓魔師」公式サイト
TVアニメ版は原作漫画が連載中ということもあり、父親の魔神を殴るという半端に少年漫画らしい主人公の目標が半端に達成され、消化不良感が残った。そこで劇場版は主人公のキャラクターを活用しつつ、あくまでゲストキャラクターとの出会いと別れに徹して、好感をもてる物語として完成した。
全体としては、約1時間半のコンパクトな尺に、リリカルな出会いと記憶のストーリーを凝縮。そのためエクソシストらしいアクションは序盤に配分して、日常の謳歌と終焉までを中盤から終盤にかけて描く。見ながら連想したアニメ映画『劇場版 BLEACH MEMORIES OF NOBODY』も、同じように記憶が失われる痛みを描く作品としては良かったが、既存キャラクターをアクションで活躍させるため終盤が散漫になったことと対照的だ*1
もちろん幽霊列車パートは、現代のアニメ映画に求めたいアクション描写の水準をきちんと超えていて、近年では珍しい精緻な手描き背景動画も楽しめる。青い光を重視した撮影も美しい。


また、幽霊列車パートで主人公が感情を優先して行動した問題は、最後の決断にもかかってくる。
物語の主人公が究極の選択に対して全てを救う第三の選択を目指すことは定石だが、奥村燐は誰かを救うというより、誰かの心情を掬いとる行動をとる。そして映像ソフトのブックレットで、ほぼ全てのスタッフが奥村燐の行動が間違っていると評価する。
そのように冷静につきはなしながら、同時にスタッフは奥村燐というキャラクターを理解しようともする。究極の選択にあらがう決断と行動こそ選ぶが、能力が不足していて結果がともなわない少年。しかし成功が約束された虚構ではないからこそ、その決断と行動の無私性が浮かびあがる。
もうひとりのゲストキャラクターが対立する敵役かに見せて、すべてが虚しく終わった結末で、奥村燐の主人公性を承認する役割となったことも印象的。劇中で描かれた出来事すべてに愛着がもてて、だからこそそれを失った人物の心情を観客が共感しやすい。


主人公と悪魔との楽しい時間を描くにあたって、人々がいきる正十字学園町という街の魅力を前面に出すというコンセプトも素晴らしい。『千と千尋の神隠し』で監督助手をつとめた高橋監督の経験が、重層的な都市空間の描写に反映されているのだろうか。
もともと原作漫画やTVアニメ版でも九龍城のようなスチームパンクで猥雑な情景だった。そこを一歩ふみこんで、スクリーン映えするような細々とした小道具を、劇中で生活する人々にとって意味がある物品として位置づけていく。もちろん発端の幽霊列車パートも、走りながら街の風景を紹介していく意味があり、ビジュアルのトーンが浮いたりはしない。
さらに『鉄コン筋クリート』『スチームボーイ』等で美術監督をつとめた木村真二を背景スタッフにむかえ、細かく描きこまれた厚みある空間を作りだした。スタッフ座談会によると、原作者の加藤和恵は木村の背景に影響されているという。
「青の祓魔師」劇場版特集、加藤和恵×佐々木啓悟×木村真二が座談会 - コミックナタリー 特集・インタビュー

加藤 たぶん私、木村さんが描かれる背景が好きで影響を受けているので、それを取り入れて描いていたのかもしれません。木村さんの背景を、すごく薄味にしている感じ。でも木村さんに「青エク」のようなミーハーというか、ライトな作品に関わってもらえたのは意外でした。

木村 やってる方法論は一緒なんですよ。世界観を描くのが仕事なので、そういう意味ではキャラクターより世界観がそこにあるかどうかでしか選べない仕事なので。「青エク」の場合、ちゃんと世界観が完成されているのでやりがいがありましたよ。

ちなみに木村本人は、大変だったがコピーなどを活用してローコストで描いたと自認しているようで*2、座談会で原作者の集合絵に感嘆して周囲からツッコミを入れられている。

木村 (絵をまじまじと見ながら)……いやあ、しかしキツイなあ。

佐々木 え、どういうことですか?

木村 いや、こんな細かくて盛りだくさんな絵を描くのって、一体どういう神経してるんだろうって……。

佐々木 それ、木村さんにいちばん言われたくないですよ(笑)。あんなに緻密な背景を描いてる人が。

加藤 ははは、本当ですよ!(笑)

他に、劇中絵本の作画として丹地陽子を起用。高橋敦史とのタッグは映画監督2作目『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』までつづいている。
その絵本をとおして「うさ麻呂」が伝説になるほど歴史的な存在として位置づけられ、それゆえ奥村燐という個人のドラマにとどまらず、弟の奥村雪男に象徴される組織との対立ドラマとしても見どころがあった。

*1:『劇場版 BLEACH MEMORIES OF NOBODY』 - 法華狼の日記

*2:初回限定版の映像ソフトコメントでも、美術監督の作業を語りながら手間は省いたむねを語っている。それでいて、余白のさびしさを埋めるために塔を描き足したことなども語っているが。