法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

アカデミー賞作品賞のマイノリティ起用基準への反発で、史実に即せばマイノリティを出せない例として『硫黄島からの手紙』があげられていて笑った

まさかクリント・イーストウッド監督の二部作とは異なる、『硫黄島の手紙』なる映画が存在するのだろうか、と悩んだりもした。


プライベート・ライアン硫黄島の手紙には黒人兵が出てこない!」とかクレームつけられても困るんだよみたいなお話で、いや当時黒人が起用されてたのは荷役とかで、前線には出てないなので、出てくるわけがないという話、でそれだと受賞できないでしょなんでめんどくさい。

まず、ノルマンディー上陸作戦には最前線でなくとも多数の黒人が従軍しており、負傷者も出している。その無視された奮闘に対して、2021年にあらためて勲章がおくられたりもした*1
アメリカの人種差別「過去を清算する力」勢い増す。日本では報じられない「レイシャル・レコニング」 | Business Insider Japan

第二次世界大戦中のフランスで頭部を負傷した元陸軍一等兵のオセオラ・フレッチャー氏は、黒人という理由でパープル・ハート(名誉負傷)勲章を授けられていなかったが、戦後77年にあたる今年6月23日、99歳にして同章を授与された。

また『硫黄島からの手紙』はハリウッド映画でありながら、渡辺謙二宮和也をはじめ日本人俳優がメインとして起用され、侵略国家の兵士とならざるをえなかったマイノリティ視点でつくられた。

むしろマイノリティ起用をもとめる基準を俳優や物語で満たせる典型的な作品といっていいだろう。おそらく「戦車@MoterSensha」氏は、日本人が米国ではマイノリティということを認識できていないのだ。
引用リツイートを見ると、さすがに有色人種が出てくる映画という指摘はすでにされていて、「戦車@MoterSensha」氏は選考基準とは異なる主張をはじめていた。


硫黄島からの手紙には有色人種出てくるから大丈夫だと思ったりする


https://cinematoday.jp/news/N0014126
まあこういう案件が起きてまして。(賞の条件クリア云々はともかく、すでにして問題化されてしまっているという)

しかし紹介されているスパイク・リー監督の主張も、批判を黙らせようとするイーストウッド監督への反発であり、歴史上に存在した黒人が描かれていないという端的な指摘にとどめている。
クリント・イーストウッド監督の「黙れ!」に、スパイク・リー監督が応戦|シネマトゥデイ

リー監督は「彼は偉大な監督だ。彼は彼の映画を作るし、僕は僕の映画を作る。でも、黙れっていうコメントは、ただの怒った老人に見えるね」とコメント。「旗を立てた兵士の一人を黒人にしたてろ、と言ってるわけじゃない。ただ、黒人だって硫黄島で大事な役目を果たしたと言っただけだ。彼は、僕が歴史を書き換えたいと思っているのかもしれないけど、僕が言いたいのは、あの2作品にはひとりも黒人が出てこないってことだけだ」と語っている。

歴史のどこに焦点をあてて物語をつくるかは個々の判断だが、もちろん荷役を主役にするような物語だって成立しないわけではない。伝令を主人公にした後述作品のように。
また二部作で米兵視点の『父親たちの星条旗』にしても、メインキャラクターのひとりが先住民であり人種差別もテーマのひとつなので*2、やはりアカデミー賞の選考基準は問題なく満たせるだろう。


上記の「戦車@MoterSensha」氏のツイートは、北村紗衣氏*3の批判ツイートが話題になっていたことで存在を知った。


スタッフに女性やマイノリティがいればOKなんで、『プライベート・ライアン』レベルの予算規模の映画でスタッフに全然女性や非白人がいないわけないから心配しなくても全然ダイジョーブですよ。『1917』みたいな映画でも余裕でパスします。

スタッフだけでも基準を満たせる作品として提示された『1917 命をかけた伝令』だが、監督オーディオコメンタリーを聞くと、映画の世界が現代につながっていることを描くためにシク教徒の兵士を登場させたようだ。

そうした有色人種の部隊はその時期には壊滅していたし、主人公と同行することは考えられないとして、歴史考証の誤りを指摘する声もあったらしい。
それも監督オーディオコメンタリーによると、そもそも生き残りの兵士を移動させるため出身地が異なる雑多な兵士をトラックに乗せている状況と説明されていた。
スタッフは望まずマイノリティを登場させているとは限らないし、歴史の考証などを安易に無視しているわけではないのだ。


さて、2020年に発表された基準変更*4がどうして今ごろ話題になっているかというと、「ノコベルリ@nokoberuri」氏による下記ツイートが注目されたためらしい*5

twitter.com
おいおい、冗談だろ…
映画の質よりポリコレポイントの方が大事なのかよ…

こういうツイートをしながらプロフィール欄に「ディアッカが幸せになって欲しいと願う人のガンダム垢」と記載しているのは、それこそ冗談ではないのか。

元記事を見れば、そもそもアカデミー賞や映画界でマイノリティが不当に無視されてきたことを是正するとりくみのひとつということもわかる。
アカデミー賞が多様性に配慮した作品賞応募資格の新基準を発表、2024年から適用 | Magazine for LGBTQ+Ally - PRIDE JAPAN

 2016年には、俳優部門に有色人種が1人もノミネートされなかったことで強く非難され、授賞式がボイコットされたり、「#OscarsSoWhite(アカデミー賞はあまりに白い)」といったハッシュタグSNSで拡散されました。このため翌年には、女性やマイノリティを中心に約700人を新しく会員にするなど、投票権をもつ会員の多様化が図られてきました。今年新しく会員となった819人も、45%が女性、36%が非白人でした。

上記の文章ではマジョリティとマイノリティの会員比率が逆転したかのような印象を受けるかもしれないが、これも是正される途上にすぎない。
アカデミー賞が2020年目標を達成、会員に白人男性以外も増加!2025年までの新たな目標も発表 - フロントロウ -海外セレブ&海外カルチャー情報を発信

 2015年に1,446人だった女性会員は3,179人に、554人だった白人以外の人種の人々が1,787人に、そして747人だった国際会員は2,107人となった。

 とはいえ世界では人口の半数を占める女性が、アカデミーメンバー9,412人(※)のなかでは34%となっている。また、2015年にアメリカ進歩センターが発表したところによると、アメリカにおける人種比はラテン系25%、アフリカンアメリカン12.7%、アジア系7.9%となっており、合計で45.6%にのぼるが、アカデミーメンバー内では19%と少ない。

作品賞の起用基準にしても、いくつか満たせばいいだけなので、異性愛者の白人男性ばかりで広報もふくめたスタッフが構成されているか、異性愛者の白人男性しかメインキャラクターや俳優にいないか、そしてマイノリティをめぐる社会問題がまったくテーマになっていないければ、排除されることはないだろう。それゆえむしろ現地からは不充分という反発もある。


歴史をふりかえっても、アカデミー賞作品賞にからむような映画で、基準を満たせないような作品がいったいどれだけあるだろうか。
たとえ『風と共に去りぬ』のように黒人描写が差別的であっても、女性に重要な役割があれば現在でも選考対象になるだろう*6

そこで白人男性はかりで構成された密室劇を考えて、作品賞にノミネートされた『十二人の怒れる男』を思いついた。

しかし物語は黒人少年の冤罪を描いた法廷劇だ。もちろんテーマとしても基準を満たす。スタッフを見てもシドニー・ルメット監督からしユダヤ系だ。
他に、社会問題を直接的には描いていない密室劇として『2001年宇宙の旅』も思いついたが、やはり監督はユダヤ系であるし、そもそも作品賞にはノミネートすらされていない。

当時でも視覚効果賞を獲得して、監督賞と脚本賞美術賞にノミネートされただけ。どちらかといえば、特殊メイクの名誉賞で『猿の惑星』に負けたことが不当に感じられる。
今後の新作として考えて、スタッフがきわめて限定された超低予算、たとえば『ダーク・スター*7や『パラノーマル・アクティビティ*8のような作品なら白人男性だけのスタッフでつくれなくもない気はするが……もし起用基準がなかったとしても、おそらくアカデミー賞ではなくインディペンデント系の映画賞を獲得するのではないだろうか。


くりかえしになるが、もともとアカデミー賞は歴史が長いからこそ不合理な基準や不文律があり、それを是正するために基準が明文化されたと解釈するべきだろう。
今回に話題になっているものより、はるかに奇妙な基準もある。それはアニメーション長編賞とアニメーション短編賞の区分で、2010年までは1時間前後の作品はノミネートされることすら不可能だったのだ。
来年のアカデミー賞、時代の波に乗って特撮を5部門に増設!劇場用アニメも間口が広がる|シネマトゥデイ

劇場用(長編)アニメ作品についてだが、これは「40分以上の作品であること」という新定義となった。これまでは短編映画部門の尺の規定は40分未満で劇場用(長編)アニメ作品は70分以上の作品と定義づけられていた。これでは上映時間が40分~70分未満の作品が部門あぶれしてしまうということで今回の見直しとなった。

日本の中編アニメ映画『BLOOD THE LAST VAMPIRE』はスタッフがそれに気づかず、1時間前後のアニメがアカデミー賞では少ないから狙えると思いこみ、基準を満たせなかったという失敗談もある。

起用基準が妥当なものかどうかは議論の余地があるとしても、選考基準が不変であるべき理由は特にない。先述した特殊メイクなどで、個別の仕事をたたえるために賞の新設がくりかえされてきたのがアカデミー賞だ。

*1:文脈の説明もふくめて信頼できそうなものとして、英文だがワシントンポスト記事がある。 www.washingtonpost.com

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:はてなアカウントはid:saebou

*4:話題になった当時に、むしろ新基準によって実力重視になるのではないかと想像するエントリを書いた。 hokke-ookami.hatenablog.com

*5:はてなブックマークが100以上集まり賛否両論だが、id:aa_R_waiwai氏が人種比率から見た原則的で妥当なコメントをしていて、普段との論調との落差で驚かされた。白人による差別という枠組みであるためだろうか。 b.hatena.ne.jp

*6:hokke-ookami.hatenablog.com

*7:自主制作の安さもふくめて愛せるSF映画になっていると思うが、アカデミー賞を獲得できる内容かというと、作品賞以外も厳しいと思う。

*8:この映画そのものはメインキャラクターの一方が女性なので、選考基準そのものは満たすだろう。