法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『インビクタス 負けざる者たち』

 南アフリカ共和国アパルトヘイトが撤廃され、ネルソン・マンデラが大統領に選出されたが、まだ白人と黒人の経済格差ははげしい。
 格差を象徴するように富裕層のスポーツたるラグビーは、チームメイトは白人ばかりで、逆に存続がむずかしくなっていた。
 しかしマンデラは人種融和のためチームカラーをアパルトヘイト時代から変えさせず、ワールドカップの自国開催をすすめる……


 実話にもとづく2009年の米国映画。かつてマンデラに自身を演じられる俳優として指名されたモーガン・フリーマンが、クリント・イーストウッドに監督を依頼する順序で制作されたという。

 国際試合におけるナショナルチームの活躍で国家が一体化していくという保守的なテーマだが、差別で分断された国家が融和していくストーリーで革新派でも見やすい。
 そのためにネルソン・マンデラという融和をおしすすめる偉大な大統領が黒人として国民を導いていく物語と、裕福な家庭で育った白人のナショナルチームキャプテンが少しずつ視野をひろげて勝利していく物語が並行する。
 どう描いても感動的になる実話だが、こだわりすぎない早撮りのイーストウッドらしく肩の力が適度に抜けたスポーツ映画にしあがってる。ラグビーのルール説明は、子供に教える場面での、パスは横か後ろにしか出せないというところだけ。なぜ前にパスしないのかという疑問だけ必要最低限に解消している。
 もちろん無駄に手間をかけていないだけで絵作りは全体的にきちんとしているが*1、飛行機関連のVFXだけは浮いている。観客に印象づける必要がある場面だとしても、日本映画でももう少し自然になじませそうに思った。


 さて、マッチョなヒーローの意外なヘナチョコさで魅力を描いていくのがイーストウッド作品の常だが、力強くも温和な言葉で赦しをあたえて自他を動かしていく超人マンデラをそのように描くことは難しい。家族と距離が生まれてしまっているのと過労で一回だけ倒れるところが数少ない人間アピールだが、前者は長期間の投獄と政治家として必要な行動による苦難であり、後者はSPが人種をこえて協力するようになる一幕にすぎず後を引かない。この映画で地味に一番かわいそうなのは患者がまったく休息指示を聞かないまま出番が終わったマンデラの主治医である。
 そこでヘナチョコさを演じるヒーローがマンデラの警護をつとめてきた黒人チームと、以前はマンデラをテロリストあつかいしていた公安から選ばれた白人チームだ。対立をかかえたままマンデラの指示で同じ仕事につくわけだが、すぐに警護の大変さという認識を共有していく。マンデラはいまだねらわれている立場でありながら未明のジョギングが習慣で、予定になくても試合会場で観客に近づきふれあっていく。あまりに精力的に各国をとびまわって仕事をとぎれさせないため、SPにも休む時間が存在しない。超人につきあう部下の大変さがよくわかるし、人種をこえた共感が生まれても不思議ではないと感じられて、SP全員に愛着がわいてくる。
 もちろん、この映画のなかでも充分な融和がはたされているわけではない。主人公の一方のキャプテンは黒人女性のメイドを観戦に参加させながらも主人と召使という立場は変わらない。白人は裕福な立場のままで、黒人はスラム街に住んでいる。だがそれでも、ここで描かれているのは醜悪な現実に抵抗した理想の現実だ。

*1:スポーツによる汚れや流血をVFXメイクアップで早撮りしていることには驚かされた。たしかに撮影ごとに位置の矛盾がないようメイクアップしなおす手間を考えると合理的かもしれないが。