法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ロッパグラム 転生したら戦時中の喜劇王だった件』

現代の若者が戦時中の著名人に転生し、インスタグラムに投稿するという体裁のNHK企画。
www.nhk.jp
そのドラマ版の第一弾は、喜劇王古川ロッパに転生した形式の30分ドラマとして昨年末に放映された。今年8月15日には第二弾『セイコグラム』が放映予定。
www.instagram.com
SNSと連動して戦時下を実感させるNHK企画としては「ひろしまタイムライン」が悪い意味で注目を集めた失敗が記憶に新しい。
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しかし今回のドラマは放映された昨年末に話題になった印象がなく、今年8月になって不安視する意見をインターネットで見かけたのみ。
戦時下の芸能を描いたドラマとして『特集ドラマ「アイドル」』が悪くない出来だったので、比較するつもりで録画を視聴したのだが……
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……あらゆる意味で過去のNHKの類似企画に遠くおよばない出来だった。


まず、30分という短い尺の限界を考慮しても、国策に動員された芸能について無批判すぎる。現実のつらさを忘れさせる笑いが現状の追認になる問題に向きあった『特集ドラマ「アイドル」』の後に視聴したことで、その浅さが痛々しく感じられた。戦時下の古川ロッパが日記に書いた葛藤が紹介されたこと自体は良かったが、ドラマが興味深い材料を安易に料理してしまった印象は強まった。
戦争を批判する主人公の態度も現代人として一方的に主張するだけで、ろくに反撃されることもない。当時の映像に現代人を合成した『東京ブラックホール』のような、過去を変えられない無力感に向きあうことも、そもそも滅多に語られない歴史の細部を見せる驚きもなかった。
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SNSに投稿する形式をきちんと守れていないことも痛い。良くも悪くも「ひろしまタイムライン」は現実の手記を編集抜粋して実際のツイートらしくしあげていたが、この「ロッパグラム」でインスタグラムらしいのは料理写真がせいぜい。特に、古川ロッパを演じる主人公と当時の人間が論争する場面は、いったい誰が撮影した設定なのか、さっぱりわからない。未来人がリアルな歴史を取材する形式を守りつつ、ドキュメンタリーのさまざまな手法をドラマ演出にとりこんだフェイクドキュメンタリードラマ『タイムスクープハンター』の完成度がなつかしい。
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この企画でドラマ化するならば、主人公は著名人ではなく、その付き人に転生するべきではなかったか。そうすれば暴露的にSNSを活用する意味が出てくるし、企画の形式を守った映像をつらぬきつつ説明不足にもなるまい。超越的にふるまう主人公を漫然と映すのではなく、当時なりに世相にあらがおうとする著名人を客観的に映すことで、その限界と可能性をつたえるようなドラマにもできただろう。


しいてドラマで良かったところをあげるなら、先述した料理写真か。古川ロッパが戦時中としては特異なほど美食を楽しんでいたこと、そして大戦末期にはさすがに貧相になっていったことは、インスタグラムらしい料理の写真をならべるだけで実感的に表現できていた。
同じ方向性でドラマを良くするなら、主人公を饒舌に語らせるのではなく、日記に残る料理をひたすら再現して時系列にそってならべ、街角の風景や風刺ビラもスナップ写真のように紹介して、ねりこんだ脚本でコメントをかぶせれば違った結果になったろう。企画のポテンシャルをまったくいかせていない完成形が残念でしかたない。