法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『声優ラジオのウラオモテ #05 夕陽とやすみは大人になれない?』二月公著

スキャンダルで挫折しながら、再起をはかる声優コンビ。良くも悪くも若手ではなくなりつつあるふたりに、才能あふれる後輩がいろいろな意味でせまってくる。そして後輩をふくめた三人でメインキャラクターに抜擢されたTVアニメから、予想外のトラブルに……


2021年7月に刊行されたシリーズ5作目。1作目*1から2作目*2の架空性の高い展開でクライマックスをもりあげる手法は完全に消え去り、進路に悩む若者の普遍的なドラマを描いていく。

声優という特殊な仕事の将来設計について、大学に進むのか声優に専念するのか、すでにそれなりに名前が知られつつ不安定な立場の主人公へ、まったく異なる意見がこれまで活躍したキャラクターから語られていく。それぞれの意見にかなり説得力があり、進路に悩んだことがあれば声優にまったく興味がなくても共感できるだろう。
表紙が象徴するように、不仲営業するケンカップルの百合営業百合としても安定しており、安心感をもって読めた。どれだけシリアスな雰囲気になっても気軽に読める、良い意味で文字通りの「ライト」ノベルだ。


くわえて、今回は原作者とアニメ側の意思疎通問題で制作状況が悪化という状況設定。末端のスタッフである主人公コンビは奮闘するしかなく、主人公の地位をおびやかす後輩も初主演作なのにと挫折していく展開も、良い役をもらえても良い仕事とは限らない難しさという状況で、上記のドラマを支える。
しかし、スケジュールが悪化しつづけるなか、まともにスタッフが固めていないキャラクターを把握しようと、自発的に録りなおしをつづける主人公コンビを肯定的に描いているところは気になった。一応、脚本を直させるレベルの越権行為は普通なら許されないというエクスキューズはあるものの、そもそも録音をやりなおして他のスタッフを拘束すれば、ますますスケジュールは悪化していくだろう。
3作目*3でも感じたが、声優にあまり興味のない読者からしても、このシリーズは良い演技にたどりつくまでの描写がうまくない。初登場した後輩の才能にしても先人の模倣の巧みさだけで、模倣対象のくみあわせで主人公たちの上位互換になる恐怖は描けているものの、声優の巧い演技の描写とは少し違うだろう。結果、良い演技をくりだす方法論は時間をかけて試行回数を増やすばかり。作中で批判されていても精神論や根性論じみた印象が残ってしまう。
せめて今作は、どこかで自分の演技に見切りをつけるか、時間がないなかで一回の演技に全力を集中するか、イーストウッド黒沢清のような方法論を選ぶべきではなかったか。
fika.cinra.net
失敗と思った演技のブレすらもキャラクターの一側面として次の演技に反映して、キャラクターを育てていくような展開にはできなかったか。
さまざまな制作現場の問題が告発されている現実の映像業界を見ながら、あらためてそう思った。
www.huffingtonpost.jp
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