法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

人種差別を流布した「ひろしまタイムライン」に「表現の不自由」を見る

原爆投下時の広島にSNSがあったという仮想で、過去を現在に再演するNHKの企画が「ひろしまタイムライン」。
1945ひろしまタイムライン|NHK広島放送局
当時を記録した3人の日記を細分化して編集し、現在の日付にあわせて実際にツイッターへ投下していく。


そして中学一年生の日記にもとづくアカウントが投下したツイートひとつが、民族差別をあおる状況になっている*1


【1945年8月20日

朝鮮人だ!!

大阪駅戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!

一応、内容が人種差別を扇動するものであれ、当時の幼い視点による生の感情を記録したものとして興味深くはある*2
しかし、そもそもツイートが現在の意図で編集されていることに留意はされるべきだろう。


レス読んでると、これが当時の人びとの率直な感情だと思っている人が一定数いるみたいだけど、番組見た限り「今の広島の10代が想像をふくらませ」た部分が5割くらいあるのよね。つまり、2020年8月20日にこれをSNSに流す事が適切なのかという自問は、当然あるべきなのではないか知ら。

事実として、NHK公式サイトで公開されている日記原文とてらしあわせると、重要と思われる印象深い表現も多くが欠落している。
注目したいのが、広島の新聞記者の日記にもとづくアカウントだ。原爆投下直後に見てまわった広島で、軍人と女性が争っている場面をツイートしている。


【1945年8月6日】
すぐそばの路上で男女が言い争っている
将校服の若い軍人と、もんぺ姿の頭から血を流した女だ
「お前たち軍人のやり方がわりいけえ、こういうことになったんじゃ。わしゃあ恨むぞ…子供や主人をどうしてくれるっ!」
「それはアメリカにいうことじゃ。自分らは責任とっていつでも切腹してみせますぞ」
「そうじゃ、腹を切れっ!くやしいーっ!」

これだけでも、当時は選挙権すらない一般人が軍人に責任を問う、印象深い光景ではある。
しかし原文とてらしあわせると、軍人の自己弁護はずっと無責任で、女性の追及はもっと力強い。
「もし75年前にSNSがあったら?」1945年、広島の新聞記者・大佐古一郎さんの日記原文(1945年8月1~7日) | 被爆75年ブログ|NHKブログ

「……とにかく、お前たち軍人のやり方がわりいけえ、こういうことになったんじゃ」
「自分たちは陛下のご命令通りにしてきたまでだ」
「ばかをいうな。警報も出さんで……それがご命令か。この怪我人や町の中で焼けて死による人がわからんのか。兵隊さんや、わしゃあ恨むぞ……。子供や主人をどうしてくれるっ!」
「それはアメリカへいうことじゃ。自分らは責任をとっていつでも切腹してみせますぞ」
「そうじゃ、腹を切れっ!腹を切れっ!くやしいーっ!」

天皇とは責任の不在なり。ここで何が削られているかを見れば、逆説的に「朝鮮人」を残した意味も見えてくる。


ちなみに、新聞記者の日記で原爆投下の前日を読み返すと、多くの一般人より情報を多くえていた立場ゆえの率直な社会批判もおこなっている。

 司令を中心にして雑談の花が咲く。だれもがひたひたと上げ潮のように打ち寄せてくる敵の戦力を身近に感じていながら、敗色濃厚な戦局を口にしない。自衛隊とか義勇隊に繰り込まれているお互いの立場や、憲兵特高警察をいつも意識しているからだ。だいたい日本人は自分の保守を周囲に調和させ、またそれを認めることによって安住の地を得ているようだ。
「ぼくが間違っていたらぼくが腹を切る。君もし誤っていたら君切腹せよ」といって寺内陸相に詰めよった浜田国松や、軍人の政治干与を排撃した斎藤隆夫が政治の中枢にひとりもいなくなったように、いまの世間には進んで信念を問い、また述べる者がいない。それが今のような日本の危局を招いた原因でもある。

こうした認識の違いをタイムラインでてらしあわせて、戦争に動員される社会のありようを立体的に描きだすことが企画の目的だったのかもしれない。
しかし現在のSNSでよくあるように、切りとられた文章の断片が炎上する結果となった。おそらくNHKも予想して新聞記者の文章は削ったのだろうが……

*1:以降もふくめて、保存目的でツイートの原文も引用する。そのさい、ハッシュタグと重複する日付は排した。また、後述の日記は引用範囲に改行がなくて読みづらいので、いくつか追加した。

*2:ただし、公式サイトで公開されている中学1年生の日記原文は短く、ツイートされている「朝鮮人」が実際には書かれていないという指摘もある。

他の資料から引いた可能性はあるし、創作の舞台裏を説明するエントリで書かれているように、日記の筆者本人からくわしい情報を聞いた可能性もある。シュンちゃんツイート(5月1~31日)は こうやって創作しました&日記を書いた新井さん本人からひと言 | 被爆75年ブログ|NHKブログいずれにせよ、今回の8月20日のツイートは原文がまだ公開されていないため断言はできないが。