法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『特集ドラマ「アイドル」』

日中戦争の直前、「スター」になるために岩手から上京してきた少女がいた。新宿のモダンな劇場「ムーランルージュ」でオーディションを受け、肌をさらす覚悟を認められる。やがて病気で舞台を降りたメインの代役として、少女は「スター」ではなく、ファンひとりひとりの恋人「アイドール」となっていく……


NHK総合で19時半から1時間15分枠で放送された特集ドラマ。戦時中に娯楽を提供した「ムーランルージュ新宿座」と日本初のアイドル「明日待子」の史実に着想をえたという。
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基本的には芸能でなりあがる少女の半生記として完成されつつ、戦時下における娯楽の功罪両面も描く。この時世に「ぜいたく」だと国防婦人会に批判される場面もあるし、きびしい検閲で内容が制限されてもいくが、出征する若者たちを後押しする存在として多くのファンを集めて、公的な戦地慰問に活用される。どちらが功でどちらが罪か。生きるためではなく死ぬための支えとして背中を押す存在でしかないことを明日待子は実感していく。
1時間超の短い尺しかないこともあり、あくまで日本内地の視点にとどめたドラマではある。しかし浮世を忘れさせる芸能が人々を戦地へ追いやること、戦時下において社会に参画するとは戦争に加担すること、それら自体の罪に向きあう内容ではあった。どれだけ検閲で内容を切りきざまれても芸能をつづける意義はあるのかという葛藤など、他にも興味深い論点がいくつもある。表現規制をめぐる議論の参考にもなるかもしれない。


ミュージカルドラマはあまり好きではないが、基本的に劇中の舞台として描写されており、最後の幻想もふくめて違和感なく楽しめた。ちなみに演奏者のひとりが宮川彬良そっくりと思ったら、クレジットを見ると本人だったらしい。
セットやVFXも充実していて、一種の特撮ドラマとしても見どころが多い。あくまで制限の多い単発ドラマだが、NETFLIXのドラマ『浅草キッド』に近い表現をねらって、そこそこ成功している。
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ムーランルージュの屋上で回る風車など、おそらく建物の上部を多くが合成で処理。屋上セットで街並みを背景に合成するカットも充実しているし、戦後の廃墟もそつがない。慰問場面も、さすがにエキストラは合成の無理が目立ったものの、中国大陸らしさは表現できていた。
物語の中心をひとつの小さな劇場にしつつ、遠景を追加するという方針のためだろうか。過去に見た特集ドラマと比べても、VFXの活用量は群を抜いて多い印象が残った。機会があればメイキングを見たいものだ。
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