映画評論家の町山智浩氏*1が清廉潔白ではないヒーロー像を求め、仮面ライダーをネタにしていた。
正義を清廉潔白さから解放するため、不良の仮面ライダーを作って欲しい。敵の女幹部とドロドロの愛欲に溺れ、非番の戦闘員を脅してスパイにし、ノミ行為で稼ぐために敵の怪人と八百長し、戦闘時はシャブきめてバーサーカーと化して周囲に被害も及ぼすが、とにかく人々の幸福な生活を守るヒーロー。 https://t.co/bAdTwbnUKf
— 町山智浩 (@TomoMachi) 2021年7月27日
当然のようにそのヒーロー像に反発があるだけでなく、そもそもニチアサライダーや関連作品で部分的に実行されているとも指摘されている。
とはいえ、悪趣味な与太話としては良くも悪くも珍しくないネタではある。
実際に私も上記ツイートを見かける以前から、具体的には新型コロナ禍が特撮番組に影響をあたえたころに考えたコンセプトがひとつある。
霧がたちこめ、ひとけのない近未来の日本。
ただよう霧を吸いこむと、人々は恐怖にかられ、周囲を攻撃し、肉体も怪物化していく。すなわち、「ショッカー」に。
そうしたショッカー化を防ぐため、誰もが「マスク」をつけ、他人とできるだけ接触しない生活をしていた……
制作困難から放映一時中断にいたった『仮面ライダーゼロワン』に、最初から3DCGで描写された異世界で戦う設定にしながらVFXリソースが不足している『仮面ライダーセイバー』。
ゼロワン 46話:「最終回を終えて」 | 仮面ライダーWEB【公式】|東映
毎週テレビで放送する意味そのものが問われるような事態に直面しました。新型ウイルス感染拡大という未曽有の事態に。“不要不急”の行動の自粛が叫ばれ、本編の撮影も一時中止を余儀なくされました。「仮面ライダーゼロワン」は新撮エピソードの代わりに、今まで放送した映像を再編集して新しいエピソードを作り出しました。
ならば最初から群衆も主人公も不織布マスクをする社会で、市街地の日常から戦闘までひとけがなくても成立する設定にしてはどうだろうか?
新型コロナ禍においてはロケ撮影やエキストラの制限が多い。そこを逆転して、多くの人々がマスクをしつつ、隠れて生活するディストピアを舞台にする。撮影もできるだけ少人数で可能なかたちにする。
逆に一定以上の距離をとれば普段通りの生活をできるようにする。大事件が起きているのに遠景で普通に自動車がゆきかっている撮影の説明として。
ひとたびショッカーがあらわれれば、普通の警察などでは充分な対処ができない。元市民を攻撃するための法的根拠も必要になる。
そこで犯罪者とは別個に、怪人化しつつある人間を制止することと、完全に怪人化した人間を処理することのみ許可された公的組織が生まれた。
その組織の構成員こそ、怪人化を完全にふせぐ特別な装備をつけた、「マスク」ド・ライダー……
恐怖の存在と思われることをふせぐため、マスクドライダーの活躍はプロパガンダされる。
できるだけ太陽のもとで戦い、バリアを作り出すドローンで街角を即席のリングにして、ドローンで格闘戦を撮影し、華々しいヒーローとして広報される。
怪人以外の人間であれば犯罪者であろうとも存在を気づいてもらうため、マスクドライダーはカラフルで目立つデザインをしている。
元人間を傷つける法的根拠を示すため、アイテムを装備するごとに、あるいは強力な攻撃をするごとに、恐怖を与えないよう軽快な自動音声が流れる。
外出が困難な人々は、マスクドライダーの活躍をTVやスマホで楽しみ、自室にこもりながらSNSで応援する……
マスクドライダーは一種の医療行政であり警察権力であると同時に、古代ローマでいうパンとサーカスの剣闘士。
時に生身で、時に騎乗で戦う、すなわち「ライダー」というわけである。
これならば最近のライダーが販促商品を増やすため無数のアイテムごとに音声を用意している設定も、派手でわかりやすい戦いを観客に楽しませる作中演出として説明がつく。
物語としては、怪物化に追いこまれていく弱き人々や、根本的な原因への無力さをかかえながら処理していくヒーローのドラマを展開していく。
もちろん、そうしたパワードスーツを着た公権力集団だけがヒーローでは1年間の放映は成立しないだろう。
そこで素顔も見せながらヒーローを演じている主人公たちに対して、完全に素顔を見せないライダーも登場する。多くのマスクドライダーと違って、怪人化した人々の尊厳を守るように、月夜に隠れて処理していく謎の人物。
その「仮面」ライダーこそ、石ノ森章太郎が描いたように怪物化した素顔を隠した、孤独なヒーロー。
ショッカー化して周囲の恐怖にとらわれながら、弱き市民は攻撃せず、仲間であるはずのショッカーを裏切るように倒していく。
怪人化した力にパワードスーツの機能があわさるため、訓練しただけの人間がパワードスーツを着ているマスクドライダーよりも強い。すでに怪人化しているため、汚染度の高い空間にも迷わず入っていける。
また、マフラーが背後に延びて、昆虫がもつような硬質の羽のようになって回転。前面の霧を吹き散らすことができる……つまり風の力を受けて変身する初代設定を逆転して、風の力を発する設定にしたわけである。
仮面ライダーがなぜ自我をたもっているかの理由と、その正体の謎解きを縦軸にして物語が進んでいく。
マスクドライダーのなかにも職務の正当性に悩んでいく者が出てきたり、成績が悪いマスクドライダーが怪人を処理せず逃がして僻地にすまわせていることが判明したりする。
逆に嗜虐するように怪人を処理するマスクドライダーも出てきて、それを止めるためのマスクドライダー同士の戦いがおこなわれたりもする。
やがて怪人化する条件も判明していき、マスクドライダーが戦う機会も少なくなる。
少しずつ世論が異常事態になれてきたころ、政府はショッカーを処理する最初で最後の大々的なイベントを開催しようとした。
しかし、ヒーローとして自立していったマスクドライダーは各地で職務をまっとうし、会場*2に来ることはなかった。
災害を人気取りに利用しようと会場で権力者が密集した席は、怪人化する格好の条件だった……一方、仮面ライダーはとある行政機関の地下にもぐり、完全に自我が消える寸前で最後の戦いを始めようとしていた。
そこにあるのは、ショッカーを蔓延させないためという理由で一国の全住民の行動をドローンで追跡し、情報を管理するためのスーパーコンピュータ。
もちろん仮面ライダーは管理システムを否定し、人類の自由のために破壊する。たとえそのシステム自体は合理的であったとしても、それを導入するために政府が災害を蔓延させる動機を生みだしてしまう。
管理システムの撮影セットが崩壊するなかで、権力への恐怖で完全に自我を失った仮面ライダーは、主人公のマスクドライダーに倒される。
そして主人公のマスクドライダーが仮面をうけつぎ、日本政府と対立する鏡像として「黒い太陽」を名乗り、実態は怪人でしかなかった仮面ライダーの尊厳を守るように真実を葬り、物語が終わる……
つまり原作の結末……日本政府が隠していた全体主義的な管理システムを悪の組織が利用する……という設定を、災害の蔓延を口実にして日本政府が全体主義的な管理システムを導入しようとしていた……と逆転したわけ。
また、途中の販促アイテムで言及したように、各要素を分解すれば、実はほぼ全てニチアサシリーズに前例がある。たとえば主人公の仮面ライダーが組織系でありつつ傍流で、アクセントのように第三勢力の仮面ライダーがいるというのは、ニチアサシリーズの定番だ。主人公が敵側の存在だったという展開も、一時期は多用されすぎて意外性が弱まるほどだった。
もちろん、敵の組織性を弱める方向のニチアサシリーズでも怪人化を完全に天災として描いたものはなかったと思うし、物語をひっぱる仮面ライダーが本当に人格がない自動的な存在だったというオチもないわけではあるが。何より、新型コロナ禍によって社会が一変した風景を物語にとりこむことまでは、仮面ライダーにかぎらず大半のドラマがおこなえていない*3。
いずれにせよ新型コロナはきっかけにすぎず、テーマ面では原作漫画版の設定を逆転する方向で遊んだ二次創作だが、思ったより普通の構成にまとまった。
元ネタにした原作の世界観に普遍的な強度があるから、逆走しても崩れにくいのだろう。
*1:はてなアカウントはid:TomoMachi。
*2:いくつもの意味をこめて、当然さいたまスーパーアリーナである。 2020.yahoo.co.jp
*3:一応、『仮面ライダー電王』のようにメインキャラクターの大半を着ぐるみにした作品はあり、今期のスーパー戦隊に採用されている。ただし閉所で発声せざるをえない声優のリスクが上がるという別の問題もあるようだが……