法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ルパン三世 THE FIRST』

機械仕掛けの日記をナチスドイツから守ろうとして、フランスの考古学者と家族が犠牲になった。十数年後、その機械仕掛けの日記を博物館からルパンが盗もうとした時、横取りする者があらわれる……


ルパン三世』初の完全3DCG化長編作品。山崎貴の単独監督脚本で、2019年末に劇場公開された。制作はTVアニメを手がけてきたトムスと、3DCG専門の子会社マーザ・アニメーションプラネット

すでにマーザがいくつも長編アニメ作品を送り出している蓄積があり、世界に向けた日本の3DCG作品としては大健闘している。
都市を高所から遠景まで見せるような描写でも気になるような粗がなく、船が走る水面などの液体表現も世界水準と遜色ない。
さまざまなシチュエーションで展開されるカーチェイスから、『紅の豚』を思わせる空中戦まで、リソース不足を感じたところもなかった。
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ややキャラクターの表情が硬くて目が固定されているような印象はあるが、人形劇の延長と思えば許せる範囲だ。


全体としては山崎作品らしく、原作や関係作品の表層をパッチワークして、一般的なイメージにそってまとめたような作り。
もともと『ルパン三世』の映像化、それも特に長編は原作を軽視したり、単独で見ても質が低くなりがちなところを、娯楽として充分に成立するくらいにはなっていた。
監督インタビューで言及されている『カリオストロの城』より、物語全体としては『天空の城ラピュタ』に近いが*1、わりと無理なく置きかえているので違和感はあまりなかった。
斬鉄剣設定を謎解きに活用することで、適度な活躍が難しい最強キャラクターを弱体化する一石二鳥の小ネタなどは感心もした。


また、アダルティな表現を抑えたり、ナチスドイツ復活への妄執を切りすてる展開は世界市場に向けるためだろう。
ただし、ルパンとヒロインの関係や活躍で血統を重視するところは、ある意味でナチスドイツ思想の肯定ではないかという疑問はある。念のため、血のつながりがない子供を利用するため育てた悪人が、子供へ愛着をもっていくくだりはある。しかしアクセントにとどまり、直前まで肯定されつづけた血統思想の懐疑までは向かわない。
その血縁を超えた愛情を示すクライマックスで、悪人が物語の都合で動いているのも痛い。遺跡の制御を完全に確保しているわけでもないのに、リーダーの目前で組織への忠誠を捨てる宣言をする。もともと悪人は組織への忠誠より学者としての承認欲求で動いていたが、裏切るタイミングとして適切とは思えない。当然のようにリーダーにとがめられ、あっさり状況の制御権を奪われる……そこから自己犠牲につながるシチュエーションを作るために無理やり動かされているように見えるのだ。


ただ、表面ではナチスドイツ的な悪を批判しつつ同じ世界観をもっているところは、監督が式典演出チームに起用され、映画公開後に降板したオリンピックも連想した。
「入場行進だけの式典は…」 幻の椎名林檎さん開会式案 - 東京オリンピック:朝日新聞デジタル

映画監督の山崎貴さん、プロデューサー川村元気さん、栗栖良依さん、アーティストの椎名さん、振付師のMIKIKOさんら5人もチームを退くことになった。

そもそも聖火ランナー等の現在のイベント形式を完成させたのは、ナチス時代のベルリン五輪だ。現在となっては結果的にしても皮肉な作品と思わなくもない。

*1:父の残した伝説にしたがって超古代の超技術を争奪する構造など。ただ、技術発動による遺跡崩壊時でのリーダーの部下への酷薄さは、もともと組織内で利己的な目的をもっていたムスカと比べて、やや違和感がないでもなかった。