法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『THE GUILTY ギルティ』

くりかえしアラームが鳴る緊急通報指令室で、さまざまな市民の声を処理していく男がいた。堂々とした仕事ぶりだが、何か過去に問題をかかえているらしい。
そんな時、ひとりの番号間違いかと思われた電話が、男を事件へと巻きこんでいく。その女による奇妙な通話は、なんらかの意図があるようだった……


2018年のデンマーク映画。1時間半に満たない小品ながら、サンダンス映画祭で観客賞を受け、映画評価サイトのロッテントマトで100%の満足度を獲得した。

緊急通報を受ける男を中心に、その性格や立場は会話だけで説明。ほとんどBGMをつかわず、通報音や会話、同僚のたてる環境音だけで緊張感をもりあげていく。
カメラは通報室と隣室を一歩も出ず、電話相手の映像もイメージすら出さない。通報室内のモニター地図と、携帯電話の基地局からざっくりとした位置がわかるだけ。
舞台劇のようなシチュエーションだが、主人公をクローズアップでとらえた圧迫感ある構図と、室内の閉塞感を表現できたのは映画ならではだろう。
この制限されたコンセプトをやりきった時点で感心したし*1、娯楽サスペンスとして飽きさせない工夫もしっかりあって、ロッテントマトの高評価もうなずける。


描かれた事件について誤解をおそれずにいえば、『世界まる見え!テレビ特捜部』のよくできた回を思わせた。
混乱した意味不明な通報から誘拐事件と気づく導入からしてそうだし、間接的な情報収集で想像される事件の情景が変わりつづけるのもそうだ。
観客を誤誘導するトリックも良かった。いったん映画を見終えてから最初から見返すと、会話する相手がそれぞれの立場で自然な発言をしているとわかる。これは翻訳した吹替と字幕のスタッフが両方とも優秀だったおかげもあるだろう。


誰もが情報をつたえられない背景を用意することで、真相はシンプルでも、主人公視点では状況が二転三転していく。そして恐怖につきうごかされていた愚かな人々が、ちいさなつながりからでも他者を信じる意味を知っていく。
心が病んだことによる陰惨で痛ましい出来事は描かれている。しかし、おぞましい状況はたしかに発生していたとしても、不安と恐怖こそが事件を実体以上に肥大化させることも明らかにされる。その意味で誰もが同じように病んでいるのだし、体感不安に満ちて厳罰化を叫ぶ社会から見ても他人事ではない。

*1:たまにGYAO!で無料配信されている『ザ・コール 緊急通報指令室』は、2013年公開の先行作品だが、犯人側も映像で見せてしまっているらしい。