法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒 Season19』第12話 欺し合い

金欠のはずの角田課長が、ご機嫌で高額な弁当を食べていた。もらいそこねた昨年の給付金について、ふりこみを助ける電話があったという。
もちろん詐欺と気づいた杉下は冠城を現場に向かわせる。詐欺グループに自分を売りこんだ冠城は、グループの手下になり、アジトへ潜入した。
詐欺グループのアジトがどこか、指示している伝説の詐欺師「Z」の正体は何か、制限の多い状況で特命係は捜査をつづけるが……


徳永富彦脚本で、きわめて人工性の高い状況設定からスリリングなコンゲームを展開。
昨年の定額給付金や、それに乗じた特殊詐欺という時事ネタをつかいつつ、いっさい社会的なメッセージを語らない。それゆえパズル的な本格推理、いわゆるパズラーをつきつめた物語として予想外に完成されていた。
出入りを禁じられた詐欺グループのアジトと、いつもの特命係の部屋というセットふたつだけで大半の出来事が進行するコンセプトもおもしろい。おそらく新型コロナでロケやエキストラが制限された状況を逆手にとって、よくできた舞台劇のように俳優の演技と展開の興味だけで楽しませてくれる。
詐欺グループをあざむくための冠城や杉下のコスプレに、他の警察官を協力させての電話ごしのアドリブ合戦。さらに詐欺グループの現場リーダー同士の争いなどの刺激で、伏線にすぎない前半もドラマチック。


凄腕の詐欺師「X」を超えたことで、伝説となった詐欺師「Z」。その指示にしたがった詐欺事件は多数あったが、検挙された実行犯は誰も正体を知らない。杖をついて足をひきずる足跡が残されているのみ。
詐欺グループの手下の少年だけが、杖をついた老人の姿を遠くから目撃したものの、どこまで真実なのか視聴者から見ても疑わしい。詐欺グループを検挙してから、逃げた少年を問いただした特命係は、ひとつの推理を語るわけだが……


……見ながら予想していたように、やはり「Z」は少年がつくりあげた虚像。現場にいながら手下に気づかれないようスマホアプリで指示を出していたのだった。
その指示が別の電話で遅れた伏線は見ていて気づけたが、逆に演出や脚本といったスタッフが協力して説得力ある描写をつくりあげた証左といえる。
とはいえ、ここまでは予想の範囲内。元日SP*1よりも少年の演技は等身大に感じられたし、特命係のつきはなした態度も良かったが、やはり予想の範囲内。
あとは、青木がほとんど協力できなかった理由づけの誘拐が、どこかで詐欺にかかわってくるかと考えていた。少年が誘拐被害者という可能性も感じていたが*2、そのミスディレクションのためだけでは解決した気分にならない。


そこから残り時間がほとんどなくなって、冠城を詐欺グループに案内した手下が「X」という謎解きに驚かされた。一段目の出来がよい二段オチは読みづらいが、予想できなかった理由はそれだけではない。
「Z」が正体を隠すための虚像なら、その設定のための「X」も架空と考えるのが当然で、まさかその位置づけの犯人が実在するとは思わなかった。一応「Z」以外のメンバーにも裏の顔がある可能性は脳裏にあったが、それも警察をひきこんで不利にしたキャラクターは除外していた。
真相を知った後で見返せば、「Z」をひきずりおろすために「X」が警察を利用した構図は明確で*3、サブタイトルにも警察と詐欺師だけではないふくみがある。
家族と連絡をとれない人物を誘拐したと称する詐欺事件は、たまたま最近に似たトリックを思いついていたので読めたものの、別の犯罪者を手のひらで踊らせているとは予想もつかない。しかし詐欺グループの手下として軽い刑を受けるかわりに、詐欺師として逆転勝利しつつ高額の身代金まで入手できるなら、フィクションの動機として充分に納得できる。
不必要な殺人もなく、嫌悪感ある被害も描かない*4。エンタメとして無駄のない、シリーズを代表する傑作エピソードだと思った。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:むしろ少年が被害者と考えていたからこそ、杉下が少年に指を立てて何本かたずねる台詞が、家族に送られた割れた眼鏡と関連しているとは気づかなかった。

*3:ここで冠城をグループにひきこんだだけでなく、角田課長が詐欺にひっかかった発端も「X」が意図的に警察にアプローチした結果として説明がつく。

*4:グループは高額な法人向け詐欺を重視していたことや、少年はゲーム的に楽しんでいただけなので詐取した金銭は手をつけていないこと、誘拐詐欺された家族は犯罪者の両親であって身代金も負担になってないこと、ただひとり画面で映された被害者の角田課長は結末で金欠が解消、といった細かい描写でひっかかりをつぶしている。