法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『銀河英雄伝説』に3度目のアニメがあるなら変えてほしいところは多いよ

遠未来の宇宙で、復古的に封建制を復活させた帝国と、それに反抗して民主制を復元している同盟。それらが正当性を主張して戦うSF戦記『銀河英雄伝説』。
それをProduction I.G制作でアニメ化した多田俊介監督版『銀河英雄伝説 Die Neue These*1が先日話題になっていたが、見ていて不満や疑問に思うところは私も少なくない*2


まず新作は、メインキャラクターデザインなどのキービジュアルは美形に整えているようで、意外と1980年代にアニメ化された旧作版*3のイメージと違いがない。
たとえば主人公のひとりヤン・ウェンリー歴史学者になりたい文人で、高級軍人としては長髪の、はみ出し者なキャラクターだ。新旧で絵柄こそ異なるが、記号的な変化はほとんどない。

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古くからのファンが多いシリーズ新作で導入を旧作に近づける判断もわかるが、あらためて原作小説から再映像化した差分を印象づけてほしかった。
新作では原作通りに悲報にさいしてサングラスをかけたり、やや若さを出している。ならばいっそのこそ長髪バンドマンのようなデザインにすれば面白かったかもしれない。

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もちろん一般的な軍人イメージと比べれば長髪すぎるだろう。しかし旧作も新作も少なくない将官の髪型が、アニメとしては地味だが現代の現実と比べれば自由だ*4。ヤンは周囲から突出して目立つことなく、髪色もあって地味に見えた。
破天荒なキャラクターを表現するためには、相対的に考えてもっと派手にしてもいいはずだ。新作で原作通りのサングラスやヒゲは描写できたのだから、これくらいの髪型やヒゲでもなじむだろう。


また、新作はヨブ・トリューニヒトというポピュリスト政治家が、周囲から完全に埋没する地味なデザインだった。もう少し印象的なキャラクターにできなかったのかと思っている。
トリューニヒトは愛国思想をあおって主人公ヤンたちを不快にさせつつ、同盟全体ごと破綻に導いていくが、政治家として自身が生き残る能力だけは異常にすぐれた怪物だ。基本的には好戦的なのに無理な遠征には反対してみせて、大敗北後に政治家として堂々と勢力をのばしてみせたりした。
旧作では要所に顔を出して主人公やファンの神経を逆なでして、むしろ作品を象徴する個性的なキャラクターと感じていた。それでいて劇中で政治家として大衆の人気を集めてもおかしくないデザインと演技におさめていた。

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基本的に戦記物らしく有能さと人格の良さを結びつける構造の『銀英伝』だが*5、トリューニヒトは低劣さを隠蔽して生存することに高い能力のすべてをそそぎこみ、相対的に長生きして主要人物の足を引っぱりつづける。トリックスターともまた違う、滅多に類を見ない存在感があった。
完成度が高い旧作とは異なるトリューニヒトを出すなら、ヤン以上に過去のイメージから離さないと難しい。愛国主義をつかって民衆の人気を集めて、ぎりぎり自身の命運はたもちつつ、国家全体を敗北へひきずりこむ……この原作からはいろいろなキャラクターが考えられるが、現代社会を見ていると、旧作よりもっと若さをアピールする人物でも良いかもしれない。
これはもはやフィクションでも一類型となった*6、いかにもヒーローに見える卑劣漢という感じになるだろう。

第七話 第1調査開始燃え拡がる悪意

快活で若くマチズモに満ちて、しかしリベラルな政策も受けねらいで出せる。既存の社会制度を壊す風雲児を演じながら、権力者との決定的な対立はひかえて、現実主義者と見なされる。能力の高さから権威主義者もひきつける。
そこで視聴者だけはトリューニヒトの空虚さを痛感する位置づけでもいいし、その快活な言動で視聴者すら思わず好感をもってしまう位置づけでもいい。後者の場合は、まず好感をもてる快活な言動を描写してから時系列を前後し、カルト宗教に支援されている実態を描くといった展開になるだろうか。
しかし指導的な立場での良い類例が思いつかなかったので、要所で背後から主人公の足をすくった組織の長と、復讐のため周囲を踏み台に出世する敵役を主人公にした外伝を引いておく。

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どちらも動機が明確なので虚無的なトリューニヒトとキャラクターは似ていないが、もしトリューニヒトを若々しく描くなら安彦良和が好むキャラクターになりそうな気はする。


また、新作は戦闘シーンにも疑問がある。3DCG艦船の精緻なモデリングや巨大感や重量感などは悪くないが、そもそも戦闘で動かない将官がしゃべるばかりという絵面がつらい。
旧作では、軍艦内に無駄に立てられた飾り柱が、ただ倒れて被害者を出すところがツッコミどころだった*7。しかし宇宙空間で幾何学的に展開される戦闘を少しでも身近に感じる映像演出として効果はあった。また、基本的に映像ソフトをファンに向けて販売するOVAで流通したため、戦闘で傷ついて内臓をさらけだすようなグロテスク演出もよくあり、当時でも良くはない作画で直接的な演出とは感じたが、淡白な新作よりは戦争の痛みを描けていたように思う。
むろんTVアニメなどの意図せず視聴しうる媒体を意識するなら、旧作ほどのグロテスクさは今では難しいだろう。新作では第19話の虐殺や第23話の暗殺の流血が限界だろうか。そこで無数の軍艦ひとつひとつに多くの人が乗りこんでことを視覚化するなり、逆に犠牲者を数字で淡々と記述するドキュメンタリー演出にするなり、工夫がほしかった。
視覚化の一例として、サイバーパンク的なアニメをよく作っているProduction I.G制作なら、たとえば各艦の艦長だけでも立体映像で投影して*8、広場や講堂のような空間*9に並べたりするのはどうだろう。
『銀英伝』における軍艦ひとつひとつが中国歴史物における将兵のおきかえと考えるなら、人間の立体映像が列をなす光景はそう違和感なくなじむのではないか。もともと宇宙戦闘にしては陣形が平面的という指摘も多い。

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この設定では、撃沈されて通信が途絶した艦の艦長は姿が消えるだけ。派手な流血や派手な爆発を描かずともいい。立体映像の人物がふりかえったり指示を出した瞬間ふっといなくなる、そんな淡々とした描写で成立する。巨大兵器の発動による犠牲も、消しゴムをかけたように人々が一掃される光景として、あえて俯瞰で客観的に描いたりできる。
戦闘開始時の意気軒高な将官の隊列と、そんな将官が歯抜けのように消えた戦闘終了時の対比で、艦隊とその犠牲の規模を視覚的に実感させることもできるだろう。難局をきりぬけた司令官がひといきついて、しかし隙間だらけになった立体映像を見て、笑顔を消して気をひきしめる……そんな劇中の人物の描写にもつかえる。
こういうSF戦争描写は『銀英伝』に限らず存在しても良さそうだし、実際に前例があってもおかしくないと思うが、残念ながら見たことがない。


最後に、先述の虐殺と暗殺については、不満や疑問というより*10、さらに良くできたのではないかという意味での残念さを感じている。
どちらも作画に力を入れているだけでなく、撮影で質感を足したりカットを長めにしたことも良かった。それまでの戦闘が淡白気味だったこともあって、どちらも新作で印象にのこる場面ではあった。
しかし、旧作では序盤から歴史をさまざまな階層の断片として描いていたが*11、新作はメインキャラクターの視点と論評で歴史を切りとってきたから、力を入れているだけに良くも悪くも悲劇が浮いていた。
メインキャラクターの視点で物語を進めるなら、虐殺と暗殺の要点的なキャラクター*12も、もっと存在感がある人物として登場させてほしかった。もちろんどちらも国家や主人の動きが悪化していく局面で登場し、むしろ旧作にない出番が追加されている。だがそれにとどまらず、主流から離れた末端の視点で全体を見つめる場面で全話とおして登場する、くらいの改変があってもいい*13
ついでに、「石器時代の英雄」と劇中で呼ばれる獰猛な叩き上げの帝国軍人オフレッサーも、外伝で語られる出世の経緯を新作本編に組みこんでほしかった。先述のように新作では旧作と比べて戦闘場面で人間の存在感が減っていたが、それゆえ現代的なデザインのパワードスーツを巧みにつかうオフレッサーとの白兵戦は、動きが多くて面白い見せ場だった。他の場面もあわせて旧作よりは思慮深く、それゆえ時代に見放された無念さが旧作より表現できていたと思う。
だからこそ、帝国軍人として体制の範囲で異常に出世したオフレッサーを、封建体制を壊すように出世したメインキャラクターと対比させる存在として、もっとピックアップしても良さそうに思えた。
この虐殺と暗殺と白兵戦に感じた惜しさは、新作は間違いなく現代にアニメ化しただけの語り口の変化はありつつ、しかし旧作と比べて違いが少ないところに一因がある。

*1:以下、新作。原作やメディアミックス版をふくめた作品全体は『銀英伝』と略称する。

*2:なお、私自身は原作派ではない。道原かつみ作の漫画版から入り、旧作は借りて視聴しつつ一部をVHSで購入しただけなので滅多に見返さない。そのため原作や旧作の設定についてはうろおぼえなところは多いので、基本的には新作単独での不満を書いていく。

*3:以下、旧作。

*4:もっと長髪のキャラクターもいる。

*5:逆に戦闘の帰趨は有能さによる勝利でなく、無能による敗北が多い。そして難しい戦局をどれだけ切り抜けても、政治と距離をとりたがるヤンは窮地に追いこまれていく。個々の戦闘は結果しか物語で意味をなさず、どのような戦術で勝利するかは大局を動かす充分条件ではない。

*6:ザ・ボーイズ シーズン1』のようにアメリカンヒーローを風刺した海外ドラマも人気だ。

*7:だいたい柱のせいとは (ダイタイハシラノセイとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

*8:新作も旧作もそれくらいの技術レベルは描かれているし、他の描写との極端な矛盾は出ないだろう。

*9:仮想空間でもかまわなくて、実際に投影するための体積を艦内に確保する必要はない。

*10:ただ暗殺の実行経緯については、武器を隠した丸裸の死体をいったんラインハルト側にひきわたし、キルヒアイス武装解除と並行してアンスバッハ個人もきちんと武装解除をしておく描写はほしかった。また、なぜ指輪ビームで暗殺をねらわなかったのかという疑問を映像で感じさせないため、たとえば射程距離に限界があると直感できるよう形状記憶合金でニードル状に変形するだけとか、仕込み武器としての限界を設定してほしかったとは思う。

*11:特にアニメオリジナルストーリーで占領地の交流を描いたエピソード「辺境の解放」が印象深い。帝国現地人と同盟軍人の恋愛的な交流は類型的かつ独立した描写にとどまるが、後に帝国が自国民を虐殺する物語にあって、その帝国領民に近しい立場のドラマは布石となった。

*12:ここでは反戦運動の中核をになって犠牲となった女性ジェシカと、敗北後に暗殺をこころみて予定外の結果となったアンスバッハ。

*13:逆に主人公のひとりヤンをはじめ、メインキャラクターの視点が描かれず第三者の視点で言動が客観的に映される……くらいの改変を見てみたいが、さすがに『機動戦士ガンダム』くらい無数のメディアミックスがなされてきたシリーズでないと難しいことは理解する。