法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

1999年の細田守と京都アニメーション

天使のような少女ノエルとその疑似家族が、少年のもとにやってくる。そんなオリジナルTVアニメ『天使になるもんっ』は、スタジオぴえろ制作で1999年に放映された。

天使になるもんっ!

天使になるもんっ!

  • メディア: Prime Video

オリジナルTVアニメ『少女革命ウテナ』の各話演出で名をあげた錦織博の初監督作品で、桜井弘明橋本カツヨといった各話演出家もつづけて参加した。
その橋本カツヨこそ、当時は東映所属だった細田守が他社で仕事をするための偽名のひとつ。偽名でも本名でも参加回の演出が特徴的で、『時をかける少女』や『サマーウォーズ』で広く人気を集める以前から、好事家に注目されていた。
1999年には短編アニメ映画『劇場版デジモンアドベンチャー』で初監督をつとめ、リアルな団地に住む幼い兄妹と怪物の出会いと別れを描いて、アニメ雑誌などでも注目されていた。


そして『天使になるもんっ』では、第20話「近いゆめ、遠いひと」と第22話「手をのばせば、ホラ」で絵コンテとして参加している。
特に第20話が、細田演出の良さがよく出ていた。物語はメインの少年少女から視点を変えて、天使になりゆく青年ふたりのドラマにしぼって、ふたりの距離のへだたりと関係性を描いた。青年ラファエルが青年ミカエルから見えなくなる展開が作品全体の相似形をなして、今後の展開を予感させる。いかにも当時の細田守らしいスポット登板だった。
アパート外観の同ポジや、違う場所で1カットごとにふりかえる人物*1、人物を下片隅に配置するロングショットなどが、細田守コンテとわかりやすい*2

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青空に飛行機雲のショットも、ミカエルの初めてといっていいくらい崩れた表情の三白眼も、他作品に共通する細田コンテの特長だ*3

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このエピソードのポイントとなる姿が見えなくなる設定も、ミカエルと違ってノエルにはラファエルが見えていることを、画面外とのキャッチボールで表現。キャラクター説明として利用した『時をかける少女』を思わせる*4

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フレーム外に見えない相手が存在していることを示すにあたって、スタンダードサイズが効果をあげているのもおもしろい。ワイドサイズがTV画面の通常になった現在からふりかえって、逆説的に凄味を感じさせる。


しかし、この第20話はひとりの演出家以外にも注目したい名前がある。京都アニメーショングロス請け*5して、放映後半で力つきてきた絵作りが回復していることが演出の力を増しているのだ。全力を出して動きまわっていた作品前半ほど突出した見どころはないが、安定した映像で引っかかりなく見ていられる。
先述のように第22話も橋本カツヨ名義コンテで、敵幹部の表情にやはり個性が出ていたし、自分を写したカーブミラーを切断するノエルで自己否定を表現はしていたが、全体的に作画の苦しさばかりが印象に残った。校舎の窓内の人物を作画ではなく背景美術で描いているのも、演出のためというより省力のためと感じられた*6
当時の京都アニメーションはまだ商業的な元請け作品はなく、シンエイ動画スタジオぴえろなど他社の下請けとして実直な作業をおこない、ていねいな仕事ぶりが極一部に知られる段階だった*7。しかし今回ふと見返して、実感できた。演出家の意図を映像化できる技術とそれを発揮できる体制をととのえ、底から支えられること自体が、目立たなくても大切なことなのだ、と……

*1:ふりかえりカットの多さと、ラストカットが横フォローの切り替えしから背後という閉じ方は、フィックスのみの『劇場版デジモンアドベンチャー』とは違う。

*2:それぞれDVDの『 天使になるもんっ! Vol.7 [DVD] 』と『 デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!/デジモンアドベンチャー【劇場版】 [DVD] 』より、52分30秒~53分3秒と51分51秒~52分。以降も同じ。

*3:19分16秒、26分56秒、54分33秒、100分11秒。

*4:53分19秒~34秒。

*5:アニメ制作を別会社が下請けする時、作画や仕上げや撮影などの段階ごとに発注することが多いが、グロス請けは多くの工程を一括してひきうける。ちなみに同じスタジオぴえろ制作のTVアニメ『パワーストーン』のグロス請け話数で初コンテを経験したばかりの山本寛が演出助手としてクレジットされている。

*6:ついでに、主人公たちを一様に白い目で見る学生たちの顔のなさに、細田守がやがて監督作品で群集を描けなくなる予兆を感じた。『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』が無責任な群集を蔑視せず描けたのは脚本を担当した吉田玲子の力かもしれない。

*7:メディアでの特集になると、少し後の2000年から放映されたTVアニメ『犬夜叉』のグロス請けがピックアップされた例くらいしか知らない。WEBへ移行する以前の最初の紙書籍版『アニメスタイル』で注目されたこともあったが、ややマイナーか。