法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

国際共同制作バリバラドラマ『37セカンズ』

母娘ふたりで生活している脳性麻痺の夢馬。車椅子で仕事場に出かけ、ユーチューバーとして活躍する人気漫画家のアシスタントをつとめながら、実質的な漫画制作をおこなっている。
漫画家としてひとりだちしたいと試行錯誤をはじめる夢馬は、ひとりの女性編集長に実際の性体験が必要だと断られる。そこから夢馬はおそるおそる異性への興味を広げていくが……


すでにBSプレミアムで12月5日に放送されていたが、NHK総合で地上波放映されたのを機会に視聴。
国際共同制作バリバラドラマ『37セカンズ』12月5日放送決定! | お知らせ | NHKドラマ

2019年ベルリン映画祭パノラマ部門で観客賞と国際アートシネマ連盟賞をダブル受賞し、その後もトライベッカ映画祭やトロント映画祭で正式上映され、世界各国で高い評価を受けている映画「37セカンズ」。

今回放送するテレビドラマ特別版は、劇場公開版とは違う視点で主人公ユマの物語を描きます。

2016年サンダンスインスティテュート・NHK賞に日本からノミネートされたHIKARIさんのオリジナル脚本の映像化をNHKは支援してきました。

約1時間半の放映時間で、約1時間15分ほどで本編ドラマを断ち切るように終えて、残り15分でスタッフインタビューや映画祭の様子を見せる。


これまでの特集ドラマ3作は実際の障碍者を配役しつつ、あえてファンタジー設定などをとりいれ、寓話性の高い短編としてまとめてきた。
『バリバラ特集ドラマ「悪夢」』 - 法華狼の日記
『バリバラ 禁断の実は満月に輝く』 - 法華狼の日記
『バリバラドラマ第3弾 アタシ・イン・ワンダーランド』 - 法華狼の日記
比べるとバラエティ番組らしさは後述の描写を除いて少なく、ドラマ単品で完結する作品でもない。脳性麻痺者の日常を淡々と描いて、障碍者の性へと少しずつ視野を広げていく。
主人公が出会う人々は少なからず障碍者に好意的で、女性相手にセックスワークをおこなう男はもちろん、搾取や束縛する人々すらも表面的には優しい。しかし、ひとつひとつは小さな手続きの不便がくりかえし描写されて、あらゆることにハンディを負う立場が実感できてくる。
そして自立する主人公は母との衝突を経験し、離婚した父へ会いに行く場面で物語が終わる。そうと理解してみれば一区切りはついているが、初見では完結していない印象を受けたのも事実。


たぶん劇場公開された全長版を見なければ評価は難しい。
脚本もつとめたHIKARI監督は、障碍者のドラマではなく、自立する女性のドラマを描こうとしたという。たしかに、見映えのいい漫画家がゴーストライターを使うドラマも、愛憎を隠して保護しながら束縛する母娘のドラマも、物語ではありふれている。そこに障碍者という立場をくわえただけなら小手先の変化でしかない。
新味を感じたのが、こうしたドラマでは主人公が性を知って自身を解放するか、あるいは破滅していく展開になりがちなところ、初体験を失敗したまま性行為をせずに終わること。それでいて主人公は性と距離をとることなく、障碍者と性の関係に興味をもって、より広い意見を求めて社会に出ていく。
ただ、全長版では実際に性行為をそのまま肯定して終わりそうな気配もある。


また、数少ないバラエティ番組らしさとして、父から贈られた絵葉書がアニメーションしたり、劇中のSF漫画を主人公の生活に重ねたりする描写は面白かった。
しかしゴーストライター漫画家という設定はありふれているし、その関係のはっきりした破綻も解決もないまま物語が終わってしまう。主人公の自立を描くなら、収入をえている漫画家という側面も重要になるはずなのに。
主人公が出会い系サイトで次々に知りあう時、最初の男が典型的に気持ち悪いオタクキャラクター*1なところも、あまりスタッフは漫画やその読者によりそう気はなさそうという印象を受ける。
実際にHIKARI監督のプロフィールを見ても、あまり日本のサブカルチャーとはつながりがない。
HIKARI FILMS

幼少の頃から合唱団を通じてミュージカルやオペラ、EXPOなどで舞台に立つ。南ユタ州立大学にて舞台芸術・ダンス・美術学部を学び、学士号を取得後、ロサンゼルスに移住。女優、カメラマン、アーティストとして活躍後、南カリフォルニア大学院(USC)映画芸術学部にて映画・テレビ制作を学ぶ。 卒業制作映画 『Tsuyako』(2011) で監督デビュー。DGA・米国監督協会で最優秀女学生監督賞を含む、合計47賞を受賞。

その関連で、性描写をするにあたって性体験が必要という劇中編集長の主張を、この映画がどのように位置づけているのかわかりにくい問題もある。
主人公の描いている漫画のひとつがSFであるように、漫画の面白さは実体験が必要条件ではない。もちろん誰も経験しえない架空世界と体験者が多い性行為という違いはあるが、それでも資料を参考にすればフィクションとして楽しめるくらいの創作はできるものだ。
女性編集長という立場から過去の偏見を内面化した台詞なのか、障碍者である主人公のもちこみを断るため姑息な理由をもちだしたのか、それとも編集長の主張は一理あるという映画のメッセージなのか……ここで想像だけの創作を肯定する視点を劇中に出せば相対化できるだろうが、実際の障碍者が登場することが特色のドラマなので、そのような意見を描写するのも難しいか。

*1:描かれたようなオタクや、それ以上にコミュニケーション能力に問題のあるオタクが存在しないという話ではない。主人公に表面的には好意的な人間ばかりを登場させている世界観で、あえて気持ち悪いオタクを登場させた意図が問われるという話だ。自身の話ばかりつづけることで、結果的にしても主人公の姿を気にしないという面白味を描きたいなら、第一印象を描きかえるくらい描写の長さがほしい。