法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

新種の甲虫がグレタ・トゥーンベリ氏へ献名されたことに、いくつかの文脈が見えないでもない

「献名」とは、発見者や学術的功労者、あるいは功績をたたえたい人物の名前を、新種の生物などにつけること。
シーボルトミミズとは - コトバンク

P.F.vonシーボルトが日本で採集し,この標本をホーストR.Horstが1883年に発表した際にシーボルトに献名したものである。

サトウガイとは - コトバンク

「サトウ」は江戸末期のイギリス駐日公使アーネスト・サトーに献名されたものである。


その献名が先日、若き環境運動家のトゥーンベリ氏に対しておこなわれたという。
新種の甲虫、グレタさんにちなみ命名 英自然史博物館 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

はちみつ色をした甲虫は体長1ミリに満たず、目が見えず羽はない。1960年代にケニアの首都ナイロビで発見されたが、同館の研究者マイケル・ダービー(Michael Darby)氏が声を上げるまで、名付けられていなかったようだ。

 ダービー氏は、「この若き活動家の取り組みに深く感銘を受けており、環境問題に対する意識の向上への傑出した貢献をたたえたかった」と語った。

甲虫の新種、名前は「グレタ」 英博物館が込めた思いは:朝日新聞デジタル

同館のマックス・バークレイ学芸員は「生物の多様性が失われ、発見されず、名付けられる前に絶滅する種がある。だからこそ、自然を保護し、絶滅の危機に瀕(ひん)する種を守ろうと一生懸命取り組む人にちなんで新種を命名するのは、妥当だ」と話した。

新種に名前をつけて注目すること自体が、環境運動にかかわる文脈をもっているという意図による献名だ。


しかし新種の目が見えず羽がないという特徴が、なぜかトゥーンベリ氏への皮肉であるという解釈が一部で広まっていた。
[B! 昆虫] 新種の甲虫、グレタさんにちなみ命名 英自然史博物館 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
目が見えず飛べない虫、グレタ・トンベリさんにちなんで「グレタムシ」と命名 - Togetter
そのためかAFP通信は当初の記事名を変更することとなった。
【訂正】新種の甲虫、グレタさんにちなみ命名 英自然史博物館、他 写真0枚 国際ニュース:AFPBB News

「目が見えず羽のない甲虫、グレタさんにちなみ命名 英自然史博物館」としていましたが、「新種の甲虫、グレタさんにちなみ命名 英自然史博物館」に訂正しました。

中国で数年前、国家主席に対する献名がインターネットの揶揄に利用され、当局に検閲されることになったという報道を思い出す。
習国家主席の名を冠した新種昆虫、検閲で黙殺 中国 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

米国を拠点に中国のメディアやインターネットを監視するウェブサイト「チャイナ・デジタル・タイムズ(China Digital Times)」によると、中国当局の検閲官は国内のインターネット上にあるこの昆虫に関する情報の削除を命じた。

 発見者の王氏は検閲に動揺し「親愛なる習主席よ!これは希少な昆虫で、名前は永久に残ります。素晴らしい栄誉です」と述べたものの、ネット上で「中傷」を受け、新種の発見について、この昆虫は「文化を持たない」人々によって繁殖される「単なる」臭い虫だと嘲笑されたという。

国家権力が動くことなく、個人攻撃で表現をとりさげさせる結果をまねいたのが、いかにも今の日本社会らしいと感じる*1


しかし新種の甲虫に羽がないという特徴は、飛行機移動を意識的にさけているトゥーンベリ氏を連想させなくもない。
グレタさん、ヨットで欧州到着 COP25に参加へ:朝日新聞デジタル

(COP25)に参加するため、北米から北大西洋をヨットに乗って横断し、欧州に向かっていた環境活動家のグレタ・トゥンベリさん(16)が3日、ポルトガルリスボンに到着した。

グレタさんは、温室効果ガスを大量に排出する航空機の利用を避けている。9月にニューヨークであった国連気候行動サミットに参加する際も欧州からヨットで渡米。

もうひとつ、トゥーンベリ氏の活動についての解説で、目に見えない二酸化炭素が見えるという表現が話題になったことも連想される。
グレタさんはCO2が見えない

日:なぜならば、彼女は[私たちに見えない/私たちが見て欲しくない]ものを見ることができたからです。

ス:För hon såg det som vi andra inte wille se.

独:Weil sie das sieht, was wir anderen nicht sehen wollen.

グレタは私たちの二酸化炭素を裸眼で見ることができる、数少ない一人でした。

Greta tillhöde det lilla fåtal som kunde se våra koldioxider med blotta ögat.

Greta gehört zu den wenigen, die unsere Kohlendioxide mit bloßem Auge erkennen können.

これは『裸の王様』を引いた比喩だった。

彼女は子供でした。私たちは皇帝でした。

Hon var barnet, vi var kejsaren.

Sie ist das Kind, wir sind der Kaiser.

そして私たちはみんな裸でした。

Och vi var alla nakna.

Und wir sind alle nackt.

衣服に隠されて誰もが見えないことにしている裸を、トゥーンベリ氏は見えていると指摘することができた。
目に見えない本質が見えること。この比喩は、もうひとつ有名な児童文学も連想させる。
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ Antoine de Saint-Exupery 大久保ゆう訳 あのときの王子くん LE PETIT PRINCE

「さようなら。」とキツネがいった。「おいらのひみつだけど、すっごくかんたんなことなんだ。心でなくちゃ、よく見えない。もののなかみは、目では見えない、ってこと。」

ここは原文では〈本質的なもの〉を意味する "l'essential" が取られています。単純に訳すのであれば、〈本質、もと、たま、核、芯〉などの訳語が考えられますが、あえて日本語で〈実質〉という意味も持つ〈なかみ〉という和語を取りました。


ただ、環境活動において目立つ一個人を祀りあげるべきなのか、といった批判はあるだろう。
まだ若くさまざまな可能性がひらかれているべき人間の、本来は一瞬の一側面であるべき活動を、新種の名前に固定するべきなのかという疑問はおぼえる。
むしろトゥーンベリ氏自身が、そうして自己が消費される危険を話題になった演説の時点で批判していた。
グレタ・トゥーンベリ氏は、ちゃんと国連でも「科学の声を聞け」という意味の演説をしているよね? - 法華狼の日記

そもそも、すべてが間違っているのです。私はここにいるべきではありません。私は海の反対側で、学校に通っているべきなのです。

そしてCOP25に到着した時の会見では意識的に語らないことを宣言して、自身への注目を他の若者へ向けるよう発言の機会をつくりだした。
グレタさん「今日は話さない」 他の活動へ注目呼びかけ:朝日新聞デジタル

米国の先住民族の若者らとともに登壇したグレタさんは、「私たちは恵まれていて、何回も何回も繰り返し報じられてきている。報じられるべきは他の人々、特に南半球の発展途上国と、先住民族のコミュニティーからだ」と訴えた。

太平洋の島国マーシャル諸島の若者カルロン・ザクラスさんは、「島に残りたければ、適応し、高いところに住まないといけない、と言われてきている。マーシャル諸島は世界の(温室効果ガスの)排出量の0・00001%しか出していないのに」などと語った。

トゥーンベリ氏が演説で注目された時、先進国が途上国の未来を奪うようなふるまいだという揶揄があった。
二酸化炭素の排出量で百歩逃げてる日本人が、五十歩逃げてるスウェーデン人を非難するの? - 法華狼の日記
現実にはトゥーンベリ氏こそが自覚的にふるまい、幼稚な揶揄のために途上国を利用するのではなく、実際に発言を支援している。
こういう文脈から考えると、皮肉でなく賞賛から献名されてこそ、たぶんトゥーンベリ氏が拒否感をおぼえそうに思える。

*1:念のため、外国で同種もしくはより過酷な攻撃がないわけではない。たとえば米国とロシアなどは、国家指導者がそろってトゥーンベリ氏を揶揄するふるまいに出ている。CNN.co.jp : トランプ氏、グレタさんをからかうツイートで物議 グレタさんに「共感しない」=大人が利用と示唆-ロ大統領:時事ドットコム